2-12:アパートの朝 中
「あ、あれ? ご主人様、一人で行かれるんですか!?」
「そのつもりだ。昨日ゆっくり寝たと言っても、ここ数日かなり無理してもらったからな。アザレアはフィオナと一緒に休んでてくれ」
「で、でも、ご主人様に何か危険が迫るとも限りませんし……!」
「バンダナを外していけば大丈夫だろう。それより、フィオナを一人にするわけにはいかない。何かあったら、守ってやってくれ」
休ませてあげたいというのも嘘ではないが、恐らくアザレアを連れて行くのは得策ではないと踏んだ部分はある。他人のことは言えないが、アザレアはアザレアで結構態度に出るタイプだから――自分はすぐに口に出るから合わないタイプとは徹底的に合わないが、パントエールやセギュールなら建設的な話ができると思う。だがアザレアの場合は、口に出さないから変な空気になってしまう可能性があるので、それを懸念しての判断だ。
自分が一人で行くのを納得していないのか、アザレアは「でも、でも」と続けている。そこで空気を読んでくれたのか、フィオナがアザレアの袖を握って気を引いてくれる。
「どうせ難しい話をしに行くだけだし、面倒なことはハルトに任せて、アザレアは私とのんびりしていよう?」
「フィオナの言い方は滅茶苦茶に引っかかるが、まぁそういうことだ。俺に任せてくれ」
それに、胡散臭いが優秀なブレインもいることだし――ただ、木偶人形は置いて行っても良いか。一人で行くなら、シュライクとは念話で事足りる。それに、有事の際の緊急連絡にも利用できる。
アザレアもフィオナに誘われたことで観念したのか、「荷物の整理をして待ってますね」とようやっと見送ってくれたのだった。
◆
「アザレア、なんで嫌なの?」
ハルトが出て行って少し経ち、二人で洗い物をしている間にそう質問してみる。人当たりの良いアザレアが、あんなに消極的になる理由はちょっと思い浮かびにくいのだが――思い返せば、アザレアは初めてレジスタンスの人たちが迎えに来たときから結構警戒していたように思うし、その理由が気になるので質問してみた形だ。
アザレアは最初こちらの質問にきょとんとして――恐らく、何を聞かれているか分からなかったのだろう――ややあってから「レジスタンスへの参加の件ね」と理解したようだった。それでも言いにくいのか、少し気まずそうにしている。
「その、正直に言うと、パントエールさんがちょっと苦手で……」
「そうなの? 悪い人じゃないと思うけど」
「私も、悪い人じゃないと思うわ。でも、なんというか、そのぉ……」
「アレだろう。若さに嫉妬しているのだろう?」
突如として聞こえた声に、アザレアは過敏なほどにびくっと肩を揺らす。しかし、今のは自分も想定外だった――後ろを見ると、いつの間にか机の上にギョロ目人形が鎮座している。
「シュライク、いたの? ハルトと一緒なのかなって思ったんだけど」
「我輩自体は主のつけている魔術書の中だし、念話もできるからな。別について行かなくとも問題ないのだよ……視界だけは確保できないから、偵察などはできなくなるがね」
「成程。でも、若さに嫉妬ってどういうこと?」
「まぁ、口から出まかせというか、適当に言ってみただけだが。当たらずとも遠からずといったところだろうな」
横に視線を戻すと、アザレアはあからさまに動揺している。動揺のせいで皿を落としかけたのを、彼女は持ち前の素晴らしい反射神経でキャッチしており、なんなら皿を持つ手もプルプルと震えている。その皿をシンクの横に置いて、アザレアは観念したように口を開く。
「うぅ……なんというか、パントエールさん、凄く綺麗で、凛としていて、頭も良さそうで……敵うところが一つもないなぁって思っちゃって……」
多分、腕っぷしだけはアザレアの方が上だ、とは言わないでおいた。それももちろん長所だとは思うのだが、恐らくこの言葉は彼女の心を深く抉ってしまうのではないかと判断したからだ。
要するに、女性的な部分で比較したときに勝てないという話なのだろうが――。
「……アザレアはアザレア、パントエールはパントエール。アザレアにもいいところはたくさんあるし、そんなに比較するものでもないんじゃない?」
「甘いな、小娘。数えきれないほどの人間を見てきた我輩だからこそ断言しよう。そいつは主をあのパントエールという娘にとられるのではと不安に思っておるのだ」
「えっ? とられるも何も、出会ったばっかりだし、それに全然あの二人はそういう感じじゃないと思うけど……」
洗い物も終わったので、シュライクの座す机へと移動し、自分の席に腰掛ける。自分の席というのは良いものだ、居場所がある感じがする――そう思いながら視線を上げると、アザレアは相変わらずシンクの前におり、そこで完全に固まっていた。




