2-10:黄昏の帰り道 下
「あのね、ハルト。ハルトは帝国と戦うために、塩の大地にいるんだよね?」
「正確には、フェルノワールに借りを返すために、だな……帝国をどうこうするつもりはない」
「そう……でも、もしも機会があったらでいいんだけれど……あの二人を助け出してあげたいの」
「はぁ? さらわれて、あれだけ痛めつけられたのにか?」
「それは、そうだけど……」
「話がしたいっていうのは分かる。お前、長期間眠らせられてたんだよな? それで、状況をきちんと確認したいと、そんな感じか?」
「うん。でも……二人とも、前は仲良くしていたの。だから、きちんと話し合いたくて」
「なるほど」
「ダメ、かな?」
遠慮がちだったフィオナの様子がさらに控えめになって、ただでさえ小さな彼女の身体が余計に小さく見える。恐らくだが、セスティナとスルトは現在、鉄機城のどこかに捕らえられている。二人とも実力者だが、スルトは片腕を失い、セスティナは武装を解除されている。そうなれば、二人だけで脱出は不可能に違いない。
ただ、二人を救出するために鉄機城に乗り込むのは自殺行為に等しい。確かに自分の目的はフェルノワールだが、もしアイツの首を取るために鉄機城に乗り込むのなら、そのときは本当に八方が塞がったときだけだ。あの中には何万もの帝国兵が常駐し、さらにはかつての同胞の鎖の魔術師たちがおり、一騎当千と言われる大元帥までいるのだ。あの広大な城の中で二人を探すのは不可能に近い。
ただ――今、自分はフィオナに力を貸してもらっている。それなら、可能な範囲で力を貸すべきだろう。
「約束はできない。俺の目的は、フェルノワールを倒すことだからな。ただ……その機会があったら、協力するよ」
「うん、それで十分。ありがとう、ハルト」
「お前、意外と礼は素直に言うのな」
「同じ言葉、そっくり返す……あ、そういえば、パントエールが言っていたディケムってやつ、心当たりがある」
「本当か? どこかで見たとか?」
「本人は見てないけど……覚えてる? フェルノワールが語りかけてた、ボールみたいなやつ。アレに対して、皇帝はディケムって言ってた」
確かに、球体に話しかけていた記憶はある。それに、フェルノワールの通信相手ともなれば、それ相応の立場の人間であることが前提となるだろう。そうなればその相手がディケムというのは納得できるのだが、問題なのはその機構だ。
通信技術そのものは存在する。電波に音声を乗せ、受信機のスピーカーから音を流す程度なら、帝都でも珍しいものではない。実際、正午を告げる鐘の音などが街中で放送されている。
だが、第七階層ともなれば話は別だ。分厚い地層に遮られた場所から、中継設備もなしに地上まで電波を飛ばし、あれほど明瞭に会話をするなど不可能なはずだ――そう思っていると、こちらのポケットから人形が飛び出し、フィオナの肩に留まる。
「アレは百眼アルゴス。球体を至るところに張り巡らせ、状況を監視するのに適している。遠隔で、術者と会話することも可能だ。文官、それも警察の長としては、これほど適している神器もないだろう」
「お前、そういうことはきちんと教えてくれよ」
「聞かれもしていなかったし、言うタイミングもなかっただけだ。だが、君、気を付けた方が良いぞ。百眼という名は伊達ではなく、あの神器はいろんなところに眼球を仕掛けて、様々なところを監視している。恐らく、今もどこかで見られていると思った方が良いだろう」
「なっ……それはまずいんじゃないのか?」
あの球体がこちらを見ていないか辺りを見回してみる。が、自分が視認できる範囲では見当たらなかった。ただ、自分が簡単に見つけられるくらいの場所に設置されていることもないだろう。帝都は過密で物陰や遮蔽物が多く、監視の目は人の眼に留まりにくい場所にあるに違いないのだ。
辺りを見回す自分がおかしかったのか、シュライクは鼻で笑ってくる。
「今は問題ないだろうさ。ディケムとやらは、君を逃がすために敢えて王党派に情報を流したのだ。むしろ、予定通りにことが運んでいて、ニンマリとしていることだろうよ」
「なるほど……だが、俺たちの居所は帝国内部のやつに知られているってことになるんだな」
「その点は注意すべきかもしれないが、今となっては仕方あるまい」
確かに。今回の件でかなり自由が制限されてしまったようにも思うが、この件については誰が悪いというわけでもない。強いていえば、自分がフェルノワールに突撃せず、すぐに離脱をしていれば、指名手配をされる可能性が少し下がった程度のことだろう――奴は自分がスルトを下すのを見ていたから、その時点でノモラスについては興味をもったはずなのだから。
フィオナの肩から、人形がこちらを見上げながら続ける。
「そういえば、言っていなかったことがもう一つあるのだが、炎の巨人の左腕を捕らえている。使うかね?」
「スルトの腕か……炎を扱えるようになるのか?」
「本体ごと捕らえたわけではないので、それこそ簡単な火球程度しか扱えんだろうがね」
「使うよ。選択肢は多い方が良い」
ないよりあった方がいいと言ってしまえば、以前に居住区でフィオナを襲っていたやつを逃したことと矛盾するが――まぁ、アレはちょっと下劣だったので、放免で正解だろう。
それに、炎が使えるというのはちょっとテンションが上がる。正直、分かりやすい攻撃というのには多少の憧れもあった。今まで扱っていた邪神の術はどれもちょっと変化球というか――それ故に初見では見切られにくいメリットもあるといえるが――禍々しいというか、少なくとも王道な術でないことは確かだから。
「なんか、ハルトにやにやしてる。炎が使えるっていうのでテンションが上がってるの?」
「……男の子はな、いくつになっても火遊びが好きなんだよ」
「男の子なんて歳でもないでしょ? そういえば、ハルトって何歳なの?」
「今年で二十九だ」
「それはもうオッサン。男の子は十年以上前に卒業している歳」
「あのな、ちゃんと俺はいくつになってもって……はぁ、まぁいいや。お前から見たら俺なんかオッサンだろうからな」
茜色の光に照らされる少女の横顔には、確かな活力が戻ってきている。いつまでもくよくよされているより、ずっと良い――そう考えながら、彼女のいつも通りの口撃に関しては、甘んじて受けることにするのだった。




