2-3:第六階層の資材置き場にて 下
「それで、我輩に対する礼はないのかね? 冷静に状況を分析し、打てる手は打ったと思うのだがね」
「多少は感謝していたんだが。そう言われると、礼をする気も失せるな」
「男のツンデレは需要がないぞ?」
「ツンデレ……?」
「おっと、ド級の死語だったな、これは……しかし、これからどうするんだね、君」
「そうだな……なんとか、イリスと連絡が取れれば良いんだが」
煉獄から出ることはかなわなくても、彼女と連絡さえ取れれば状況は確認できるだろう。状況を確認できれば指名手配などされていないかもしれないし、そうでなくとも物資の補給はしたい。
一応、煉獄内でも真水の確保などはできるし――ところどころに湧水がある――食べられる植生も存在するが、弾丸や傷薬などの確保は難しい。そのうえ、化け物の跋扈する迷宮内にいつまでもいるのは神経が擦り切れる。
アザレアなど目の下にクマができているし、寝ずの番で自分たちを守ってくれていたのだろうが、そういった意味でも可能なら安全なところに避難して休ませてやりたい。
なんにしても、外の情報が得られれば良いのだが――そう思っていると、アザレアが少し身を寄せて、顔を近づけてくる。雰囲気から察するに、フィオナに聞かれないように話をしたいと、そんなところか。
「あの、ご主人様……お体、大丈夫ですか?」
「さっきも言ったが、最悪だよ」
「いえ、あの、そのじゃなくって……その、異界の瘴気が、身体を蝕んでいるんじゃないでしょうか」
そう言われて、一度自分の身体に視線を移す。この包帯を巻いてくれたのが彼女であるのなら、見られたということなのだろう――この身に刻まれた、黒い痣のようなものを。
それは、あの大災厄の日から自分の身体に現れ始め、日々少しずつ広がってきている。主に胴体部分を中心に、徐々に四肢や首の近くまで伸びてきてはいるのだが、今のところはまだ顔や手には現れていないので、服を着ていればバレない範囲ではある。
「まぁ、立場柄、異界の瘴気は浴びやすいし……それに、邪神の力を引き出せば、直に身体に蓄積される部分はある」
「そんな……大丈夫なのですか?」
「昔に比べたら、少し体が重く感じる部分もあるが……」
「加齢のせいじゃないかね? 君だって若くはなくなってきているからな」
シュライクの横やりが入る。確かに、もう三十も近いのであり、若くもないのだが――ただ、息切れしやすくなっているとか、体力が落ちているとかいうよりは、病魔のように蝕まれている、という感覚が強い。
というか、以前に「邪神の力が君の身体を蝕んでいくだろう」と言ったのはこいつ自身である。反動はすぐに来るが、それ以外でも異界の瘴気に徐々に浸食されていく――とはいえ、自分は耐性があるからこそ、ある程度は度外視して使っている形である。
ともかく、シュライクの声が大きかったせいで、フィオナがまた寝返りを打って、こちらを見てきている。あの子にわざわざ言う話でもないし、どうしたものか――そんな風に思っていると、アザレアが立ち上がり、入口の方を睨みだした。
「……人が来ます」
「まさか、帝国軍か……こちらへ向かってきている?」
「はい……ご主人様とフィオナちゃんはここにいてください。私が話を付けてきます」
「いや、先にシュライクを偵察に行かせよう。頼めるか?」
シュライクは膝から飛びあがり、「仕方ない」と呟いて屋外へと飛び立った。今のアザレアは神経が張っていて、不用意に相手を攻撃してしまいそうだ。もちろん、このタイミングで来ているとなれば、帝国兵の可能性は高いといえるのだが――その場合でも近くを通っているだけかもしれないし、やり過ごせるならやり過ごした方が良い。
『……男が二人に女が一人の三人組。見たところ、帝国軍ではなさそうだ』
『発掘者か?』
『まぁ、正規軍の格好をしていないだけという可能性もあるし、なんなら指名手配されている君を探しに来た狩人という可能性も否定はできんな』
『確かに。無用な戦いは避けたいが……』
『しかも、君は動けないときているからな……何かを探している様子ではある。警戒するに越したことはなさそうだ』
『了解だ。お前は引き続き、バレないように様子を探ってくれ』
今しがた話した内容をアザレアに共有し、問答無用で斬りかかるのだけは控えてもらうように念を押して有事の際に備えてもらうことにする。だが、接近してきている三人組は舐めるように辺りを探索しているので、邂逅は避けられなさそうである。
そしてややあって、連中が建物の前に来たタイミングで、ローブ姿のアザレアが自分たちを守るような形で外へと出た。自分も物陰に隠れつつ、外の様子が見えるように入口付近で待機している。
報告通り、来たのは三人組だった。一人は戦士風の壮年の男で、鎧を――表面には傷が目立つが、恐らく前衛として攻撃を浴びている証なのだろう――着込んだ恰幅の良い漢だ。もう一人は魔術師風の男で、茶色のローブに身を包み、脇に魔術書らしき分厚い本を抱えている。少しくたびれた雰囲気を出しているが、眼鏡の奥の相貌には知的な光が宿っている。一番警戒するべきは恐らくこいつだ。
そして、もう一人――そいつを観察する前に、アザレアがけん制するように一歩前に出る。
「そこで止まってください。アナタたち、何者ですか?」
「ピンクブロンドの髪の女……貴方、ハルト・ハードロックの連れね?」
アザレアの警告に応えたのは、一番前に立っていた女だった。黒に近い青い髪で、動きやすそうなコートに身を包んだ、凛とした雰囲気の女である。
しかし、自分の名が出たことでアザレアの警戒心が一層強まったようだ。まだ武器こそ取り出していないが、その背からは「いつでも斬りかかれる」という雰囲気がにじみ出ている――対する三人組の中で、鎧の男が「貴様」と言いながら前へ出ようとするが、女がそれを手で制止し、改めてアザレアを見ながら口を開いた。
「警戒しないで頂戴。私たちは、貴方たちの味方よ……イリス・シャルトリューズの使者として来た、といえば信用してもらえるかしら?」
アザレアは指示を仰ぐためか、こちらを振り返った。それに対して頷き返し、自分が「話を聞こう」と、外に聞こえるように声を上げた。




