2-2:第六階層の資材置き場にて 中
「……ご主人様! 良かった……すごくうなされていたようで、心配していたんです……大丈夫ですか?」
「良い夢と悪い夢を同時に見てた……身体のことを聞いてるんなら、ハッキリ言って最悪だ」
痛む体に視線を降ろすと、上半身が包帯でぐるぐる巻きにされているのが目に入る。とくに、胸の辺りが痛む――フェルノワールに撃たれたところだろう。だが、思ったほどではないというか、動けと言われれば厳しいが、死ぬほどの痛みというほどではない。
ある程度時間が経って回復したのか、それとも誰かの治療があったのだろうか。というか、ここはどこなのか。そう思って辺りを見回すと、そこは見覚えのある場所だった。ミドガルズオルムを倒した後にフィオナを連れて休憩した場所。もっといえば、アザレアと再会した小屋の中であった。
「あれから、どうなった……ぐっ……」
「あっ! まだ安静にしていてください!」
「……あぁ、状況は?」
「えぇっと、ご主人様が撃たれたのを見て……はっ、そもそもご主人様が撃たれる状況になってしまったなんて、私の失態です! ごめんなさい、ごめんなさい!」
一度反省モードに入ってしまったアザレアは、なかなか冷静になってくれない。まぁ、そもそも説明ならシュライクの方が上手いだろう――頭を下げているアザレアを横目に人形の方に目をやると、シュライクは頷き、状況を共有してくれた。
自分がフェルノワールの神器に撃たれた後は、アザレアが自分とフィオナを拾い上げて草原を離脱し、シュライクの指導で第六階層のこの小屋へと――ジョウント装置を利用して――自分たちを運び込んだ。そしてここに潜伏して丸二日が過ぎたところらしい。
街へと戻らなかった理由は二つ。一つは街に戻るまでの間に手当をしなければ自分の命が持たなかったかもしれないということ。付随してもう一つ、街に出ても居場所がないであろうということ。襲撃でアパートを失ってしまったのはもちろんだが、それよりも重大なこととして、恐らく近いうちに指名手配されるか、すでにされている可能性が高いこと。
皇帝に反逆したのはもちろんだが、フェルノワールは断章ノモラスに目を付けたようだ。それ故に起動キーを解読している自分を捕らえるために、間違いなく手を回しているだろうというのがシュライクの予測だった。
仮に医者に診てもらったとして、入院中に手配書が大々的に回ってしまえば、どうすることもできなくなってしまう。それ故に、ある程度の危険を覚悟で煉獄に残り、アザレアが自分の手当てをしてくれ、あとはそのままこの場所に潜伏していた――というのが現在までの状況。アザレアの処置が適切だっただけでなく、秘蔵の霊薬をふんだんに使ったおかげで、なんとか生き残ることができたようだ。
なお、フェルノワールの攻撃には手心が加えられていた。ティンダロスは、本来なら狙った獲物が絶命するまで追撃し続ける銃弾を放つ神器。どこに向かって撃っても、必ず心臓を食らう銃である。
だが、自分は生きている。それどころか銃弾が貫通していたおかげで、治療もしやすかったようだ。
しかし――。
「くそっ……あそこまで追い詰めておきながら、アイツを殺せなかった! それどころか、情けをかけられるだなんて……くそがぁっ!」
もちろん、フェルノワールとしては単純にノモラスの起動キーを知りたかったから加減をしたのだろうが、仮にこちらを本気で警戒しているなら殺そうとしたはずだ。
それに、アイツはこちらのことを全く認識していなかった。それは潜伏が成功していたともいえるのだが、意識するほどの相手ではないと言われているようで、それに怒りがこみ上げてくる。
ただ、もっと大きな怒りの原因は、やはりあの男の顔だ。周りを見下し、全てを馬鹿にしたようなあの表情。いや、正直に言えば、あの男の異常さに、少し気圧されている部分があることを否定できない。絶対の防御といわれたデュランダルに綻びが見えたというのに、アイツはまだ見ぬ力や可能性に驚き、喜んでいる節すらあった。あんな余裕を見せられてしまったことに対する悔しさが、また怒りにつながっているのである。
「ハルト、うるさい。身体に響く……」
ふと、横から聞こえた小さな声が耳に入り、そちらを見るとフィオナが横になっていた。その表情には苦悶が見えるので、身体に響くというのは本当なのだろう。彼女の痛みに釣られてか、こちらも痛みがぶり返してきて、少し冷静になってくる。
「フィオナ……そっちの調子はどうだ?」
「全然……まだ体の痛みが残ってる」
「そうか、効くだろう」
「うん。これが来るのを分かってて肉体強化を躊躇なく使う点だけは、ハルトのことを尊敬する」
「はぁ……結構無茶させたんじゃないかと少しは心配してたんだが、それだけ憎まれ口を叩けるなら大丈夫そうだな」
「……ハルト」
「うん?」
「助けに来てくれて、ありがとう。私がフィオナで良いって言ってくれて、嬉しかった」
フィオナは少し恥ずかしそうにしながらそう言って、そのまま反対側を向いてしまった。少し落ち着いた今、フィオナに対して色々と思うところがある。アオートの胚としての能力を使って大丈夫だったのかとか、セスティナたちと一緒の方が良かったんじゃないかとか――だが、今の彼女の一言で、ひとまず自分が取った行動は間違いではなかったのだと思えた。
「……お前も頑張ったな、フィオナ」
「アザレアにもお礼を言ってあげて? アザレア、ハルトを助けるために必死だったんだから」
「あぁ、そうだな……アザレア、ありがとう」
実際、アザレアがいなかったら、今頃あの草原の肥やしになるか、帝国に捕らえられてしまったか、はたまた獄中で撃たれて死んでいたか、いずれかだろう。フェルノワールを殺せなかった今、こうやってまだ自由の身で――街には戻れないかもしれないが――いられるのは、自分にとってはありがたいことである。
「いえ、そんな……私の力が至らなかったばっかりに、ご主人様が大きな怪我を……」
「ふむ……そんな風になんでも私が悪いというものじゃないぞ、女」
また謝ろうとするアザレアの言葉を、シュライクの一言が――木偶人形がこちらの膝に飛び乗ってきて――遮る。
「自分のせいといえるのは、その責任の範囲が全て貴様にあったときだけだ。だのになんでも被ろうというのは、自己犠牲を通り越して傲慢とすらいえる。
あの状況では貴様は最善を選んだ。素直に礼を受け取っておけ」
「シュライクの言う通りだ。俺がへましたのをフォローしてくれたんだからな……こうやって生きているのは君のおかげだ、アザレア」
「そんな……うぅん、はい。そう言っていただければ、ありがたいです」
アザレアは右手を胸に当てながら、小さくぺこり、と頭を下げてくる。ようやっと素直に礼を――といっても言葉だけだが――受け取ってくれた傍らで、自分の足の上でギョロ目の人形がこちらを見上げてくる。




