幕間:監禁部屋にて 下
「フェルノワールがデミゴッドを捕まえてきたと聞いたが……なんだ、可愛いお嬢ちゃんじゃないか」
「デミゴッドはそっち。私は……人間よ」
「ふぅん……人間ね」
男は値踏みするような視線でこちらを見つめてくる。もしかしたら――というかほぼ確実に――こちらがアオートの胚ということを認識しているのだろう。それで、「人間」という単語が引っかかったのかもしれないが、「ま、細かいことはいいか」と言って笑った。
そのまま、男はすぐに横にいる兵に小さな声で何かを言いつけ、堂々と部屋の中へと足を踏み込んでくる。明るい場所で見ると、軍服に身を包んだ背が高く、割とがっしりした体格をしている。どこか軽薄そうで、不敵な笑みを浮かべながら、癖のある前髪で額を隠している、そんな男だ。
一応、武器を取り上げられているとはいえ、自分は素手でもある程度の覚えはあるし、スルトもデミゴッド、それが分かっていて入ってくるとは、結構不用心なようにも思うが――スルトはとくに、男の肩に取り付けられている何かを注視している。
「鋸刃ウルリクムミ……帝国大元帥、断滅のカーライル・ウッドフォードか」
「ご明察。ま、こんなでっかいチェーンソーを馬鹿みたいに担いでるんだ、見りゃ分かるか」
カーライル・ウッドフォードと呼ばれた男は、左の肩を叩きながら不敵に笑った。言われてみれば、あれは神器の持ち手を肩に付けて、そのまま背中にぶら下げているのか。
そして言われてみれば、確かに胸に一つ、豪奢な勲章を付けている。彼が本当に元帥かどうかは置いておくとしても、それなりに立場がある人物なことは間違いない。
「貴方、立場があるのね。それなら、私と彼とを、ここから出してほしいのだけれど……それとも、客人を監禁部屋にぶち込むのが帝国流なのかしら?」
「おっと、ご挨拶だな。まぁ、気持ちは分からないでもないが……そんな怖い顔をしないでくれよ、オレはいい話を持ってきたんだから」
「いい話?」
「あぁ。そっちのデミゴッドのおっさん……」
「スルトよ」
「スルトのオッサン、腕がないのも不便だろう。帝国は軍事国家、傷ついた兵の治療には様々な方針で力を入れている。戦う気のある奴には、義手や義足の移植手術から、リハビリまで面倒を見れるんだ……その気があるんなら、オレの方で手配しておこう。
後は、一時的に部屋から出るのも許可できる。もちろん、オレの監視付き、というのが大前提だがね……こう見えてそこそこ忙しいから、数日に一回、数時間程度になっちまうだろうが」
「そうやって飴を提示して、情報を引き出させようって算段かしら?」
「勘違いしないでくれ。オレはフェルノワールにお前さんたちを任されただけだ。帝国の外に出さなければ、後のことは好きにしろって言われてるんでな。せっかく関係性をもつなら、友好的な方が良い……そうだろう?」
城に連れてこられて早々、こんな監禁部屋に押し込められたのだから、もっと雑な、ないし過酷な扱いを受けるかと思っていたのだが。条件付きとはいえ外に出してもらえるのならチャンスもあるかもしれないし、スルトの治療を受けられるのもありがたい。
ただ、だからといって飛びつくのも危険なように思う。甘い話には裏があるのが常だ。少しスルトと相談したい。
「少し、外してもらっていいかしら?」
「構わんよ。ただ、部屋の中にはいさせてもらう。オレに聞こえないように話してくれる分には問題ない」
ウッドフォードは鉄の扉に背を預け、腕を組みながら天井を仰いだ。一応、アレで「聞いていません」をアピールしているのだろう。ただ、これだけ距離があれば、聞かれずに相談することはできるだろう。
「スルト、どうするべきだと思う?」
「ウッドフォード元帥は、良くいえば柔軟性の高い、悪くいえば軽薄な男と聞きます。軍人としてはあまりにいい加減でありながら、市民に近く親しみがあり、民衆には人気の高い人物です。何がしか裏がある可能性は否定できませんが、噂通りなら、彼自身に悪意はないのではないかと」
「ふぅん……まぁ、どのみち提案を飲まない理由もないかしら」
「そうですな。提案を飲まなければ、必要なタイミングまでずっとここで幽閉されているだけでしょう。外に出れば、メフィストらと連絡を取る手段もあるかもしれません。それに、手があった方が緊急時に動きやすいのも確かです」
「一応確認だけれど、アイツを欺いて外に出るっていう手段は?」
「それこそ、腕一本では厳しいでしょう。鋸刃ウルリクムミは、百貌の王の神器であるノモラスと並んで我々イグノートゥスの天敵のような存在です」
噂には聞いたことがある。霊的、または魔術的な要素を断ち切る力があるノコギリ型の神器であるとか――そうなると、スルトの焔などは効かないのだろうし、何にしても彼の腕の治療はした方が良さそうだ。
方針が決まって扉の方へ視線を向けると、こちらの気配を察したのか、ウッドフォードは腕を組んだまま視線を下ろしてくる。
「ひそひそ話は終わったかな?」
「えぇ。スルトの腕だけれど、手術をお願いしたいわ」
「オーケー、すぐに手配する。それじゃお礼は、デート一回ってことで」
男はニヤつきながら、人差し指をぴん、と立てる。自分としては下らないことを言っているな、と呆れたのだが、スルトの方が思いのほか本気にしてしまったらしく、露骨に警戒の色を――というよりは怒りか――強めている。
対するウッドフォードは、露骨に身を引くような仕草を取る。流石にイグノートゥスの怒りに当てられて少しは堪えたのか――いや、それにしては引き方が少々わざとらしすぎる。どちらかといえば、ふざけている、というのがしっくりくる感じだ。
「おぉっと、怖い怖い……ま、考えておいてくれよ。若い女の子が、こんな油臭い城にいつまでも押し込められてちゃ、お天道様に対する冒涜ってもんだからな」
男が窓を叩くと、鉄の扉が再び開かれ、ウッドフォードは廊下へと消えていった。
「お嬢様。あのような軽薄な男に、付いて行くことはありませんぞ」
「でも、メフィストと連絡が取れるかもしれないし……」
「おかしなことが起こるくらいなら、囚われていた方がマシというものです」
スルトは少々過保護なきらいがあるな。そう思いながら、閉じられた扉に視線を戻す。ひとまず、事態はこのようになってしまった――それならば、この中で最善を尽くしていくしかない。
そして、ここにいてやれることといえば、休むことくらいだ。腰掛けていたふかふかなベッドに倒れ込み、先ほどの戦闘での疲れを癒すため、目を閉じて意識を落とすことにした。




