幕間:監禁部屋にて 上
「……スルト、大丈夫?」
肩より先がなくなった従者に向かって声を掛ける。スルトは現在、上裸に包帯をぐるぐると巻き付けており、右手で左の肩を押さえながら口を開く。
「痛みならば問題ありません。が、百貌の王に能力の一部ごと利き手を持っていかれました……それ故、再生は難しい状態です」
「そう……無茶はしないように」
そこで言葉を切って、辺りを見回す。数時間前の戦闘の後、帝国兵たちによって連行されて押し込められた室内。綺麗で豪華な部屋ではあるのだが――壷や絵画など様々な調度品がそこかしこにあり、豪奢なベッドやテーブルなども備え付けられている――その中でもひと際目立つのが、この豪華さに合わない鉄の扉だ。
扉にはノブがなく、あるのは上下に取り付けられた小さな窓。上は外との連絡用で、下は食料などを出し入れするためのものだろう。ともかく、人が通れるような大きさでないのは確かであり、アレが内側から開けることを想定していないのは明白だった。
「一応、帝国内への潜入は成功したわね……狙った形ではないけれど」
正確にはここも客間の一種らしいのだが、あの鉄製のドアを見る感じ、ここはあからさまに監禁部屋である。おそらく、普段は要人の収容などに使っている部屋なのだろうが――ひとまず、自由は奪われてしまった形だ。
本来なら、クィンティアを利用して、客人として帝国に侵入する予定であった。帝国にクィンティアを差し出し、それらの――帝国とクィンティアを指す――力を利用して、スルトとともに煉獄の最下層を目指せ。それが父から言い渡された任務であった。
ここ十年は煉獄の最下層を諦めていた帝国が、最下層に封印された力を求めて再びその攻略を強めている――ただ、最下層にたどり着くためには、アオートの胚の力が要る。そこでクィンティアを差し出して恩を売り、帝国の軍事力を利用して最下層に辿り着く、そういった算段だったわけだ。
ただ、眠るクィンティアを護送しているとき、帝国へ献上する前に、どこぞのセクトに強襲され、彼女を奪われてしまった。そして、彼女を回収してスルトの祭壇で待っていたところ、皇帝フェルノワールが自ら来て、クィンティアの代わりに胚の力を持つ自分が、帝国に利用される形で捕まってしまったと――何とも間抜けだが、ことの顛末はこういうことである。
ともかく、これからどうするべきか。自分が煉獄の最下層への道を開けば目標は達成できそうだが、それにはクアルタと同じ道を辿るリスクがある。可能なら、やはりクィンティアを捕まえて差し出して、自分の安全を確保する形で最下層を目指したい。
それにどのみち、今の状態では脱出もかなり難しい。スルトが片手を失っている状態で、かつ自分も武器を取り上げられている。レーヴァテインなど、まさかクィンティアに奪われてしまっているのだから。
しかし、クィンティア――まさか、あの子があんな爆発力を見せるとは思わなかった。怖がりで寂しがりで、そのわりにお節介焼きな子。一応、裏を返せば悪い子でもないし、元々は自分より先に目覚めていたので、当初としては双子の姉のように頼りにしていた部分も間違いなくある。
ただ、彼女の臆病さが故に、彼女が眠らされてからの苦労は多かった――もちろん、その罪が彼女にだけあるわけでないことは分かっている。スルトだってメフィストだって目覚めたばかりの自分にアオートの胚としての過酷さを説明してくれたわけではなかったし、そういった意味ではクィンティアだけにやっかみを向けるのも違うのかもしれない。
とはいえ、同じ立場だからこそ言ってほしかった部分もあるし、お姉さんぶるなら守ってほしかった部分もある。何より、眠ることで、その過酷さからあの子だけ逃げてしまったような感覚があった。
それに、あの子を助けに来た連中がいたのも妬ましい――これが子供のような逆恨みだとしても、彼女を恨むことでなんとか正気を保ってきた部分もあるので、今更なかなか変えられるものでもない。
「お嬢様、ご機嫌がすぐれませんか?」
「……いえ、そういう訳じゃないわ」
スルトに声を掛けられて、鬱々としていたものが少し鳴りを潜める。自分にはスルトがいるというのに、あまりに不機嫌では側に仕えてくれている彼に申し訳が立たない。そう考えて、思考を切り替えることにする。
とはいえ、これからどうしようか。せめて、メフィストと連絡を取れると良いのだが。恐らく、向こう側でこちらの状況は把握しているだろうが、しかしメフィストは力の強い邪神では――その権能自体は特殊だが、純粋な戦闘力という観点では――ない。強者のひしめくこの鉄機城に忍び込んで、自分たちを救出するなどは不可能だろう。
それどころか、「そのまま任務を果たしちゃってください」くらいに言ってきそうだ――そんな風に思っていると、鉄の扉の方で音がする。重々しい音を立てながら押し開かれた扉の先には、一人の男が立っていた。




