1-76:草原の決着、あるいは邂逅 下
いける。このまま押し込めば、その刀身ごと男の身体を貫ける。そう思いながら正面を見ると、眩く弾ける火花の向こうで、ヴィンセント・フェルノワールは確かに笑っていた。
「はは、素晴らしいな! これが胚の力か!」
男はそのまま左腕を背に回すと、そこから長柄の物体を取り出した。見た目はマスケット銃であるが、後装式ライフルが一般的になっている現代においてそれを使う戦術的な利点はない――だが、アレも神器。この男が解読した、この男のための神器である。
「だが、余興はここまで……ミゼーア・イエカ・ケノシェ・シエヌ・ソエズ・クル! 吠えよ、臓物を食い破る獰猛たる牙! 餓狼ティンダロス!」
フェルノワールはマスケットの先端を明後日の方向へと向け、そのまま引き金を引いた。あの神器なら、それでも当たる――それこそ、無策でいれば即死してしまうだろう。
そう思っていたおかげか、『左にずれろ!』というシュライクの声にほぼ反射で反応してしまう。何が起ころうとも、それこそ死んででも押し貫くべきだったともいえるかもしれない。ただ、わずかに身をずらしたその瞬間、背中の一点に突き刺すような衝撃が走った。
それはそのまま貫通していくが、体内を震わせる衝撃が全身を駆け巡り――先ほどからの戦闘のダメージとパンタグリュエルの反動が一気に来たせいか、一瞬だけ全身に激痛が走り、そのまま視界が真っ暗になる。
まだ、死ねない――それが薄れゆく意識の中でただ一つだけ心の底に浮かんだ言葉だった。
◆
胸に鈍く走る痛みを抑えながら、何とか視界を確保することに努める。ハルトと現れた男がぶつかり合った後は、激しい光と音で、何が起こっているのか全く把握できなかったから。
「は、ハルト……!」
そう思わず声を上げてしまったのは、ハルトが男の前で血の海に倒れていたから。胸から出血しているのが一番のダメージなのだろうが、それ以外も酷い。ハルトの魔術を自分でも受けたからわかる。アレは身体を限界をはるかに超えて強化していたせいで、術が切れた瞬間に身体が耐えられなくなり、それこそ毛穴からも出血しているのだ。
対する男の方は、背中にマスケット銃を戻し、絢爛な装飾の施された剣の刀身を眺めている――僅かにだが、刃の端が欠けているのは確認できた。
「まさか、絶対の防御を誇るデュランダルが破られそうになるとはな……やはり、王権の正統性は必要か。
それでディケム、こいつは何者だ?」
「さぁ……ですが、コルネリウスの使者と敵対はしており、デミゴッドを倒したのはその者です。神器を起動させていたのを見るに、どこかの家柄の者かもしれません」
「そうは見えんな……まさか、鎖の魔術師か? 余の辞書には、こんな男はいないのだが……まぁいい。こいつも連れて行こう」
「あからさまに貴方様の命を狙っていましたが、殺さないのですか?」
「こやつが鎖の魔術師なら、神器の起動キーの解読方法を知っているはずだ。それを吐かせてから殺すことにする」
「その傷で、戻るまでに命がもてばいいですけどねぇ……」
「こいつは死なんよ。心臓は敢えて外した。何よりアレほどの執念があるのだから、何があっても現世に留まろうとするだろう。しかし、こいつを運ぶのも面倒だな。ウッドフォードを差し向けろ。今の時間なら空いているだろう……うん?」
鎧の男が言葉を切ったのは、彼の前にアザレアが現れたからだ。彼女は手に大鎌を持ち、その背中からは確かな怒気を感じる――あんなにアザレアが怒っているところは、見たことがない。
「ディケム、この女は?」
「その女、恐ろしい強さでした。ある意味、この場で最も恐ろしいのは、そいつかもしれません。一人で百の巨人どもを倒しています。デュランダルが万全でない今、相手をするのは得策ではないでしょう」
「余の辞書に撤退の二文字はない。この場にある者どもを、全て喰らい尽くして……」
男が再び背中に手を伸ばした瞬間、アザレアは大鎌を放り投げた。それに対して男は掲げたままの刀身を持ち上げ、そこから展開した光の膜がいとも簡単に鎌を防いでしまうが――アザレアの狙いはそれではなかったようだ。
男が防御姿勢を取っている間に、すぐに落ちているハルトの剣を自身のローブに刺しつつ、そのままハルトも持ち上げて、最後に大鎌を糸にして左手に戻し、男の前から離脱したのだ。
あとは、そのまま彼女はこちらに向かってきて、自分の身体も持ち上げる。大の男の身体を右腕だけで持ち上げ、自分は左脇に抱えられている形だが、二人分の重さなどまるでないとでもいわんばかりに、アザレアは恐ろしい速度で草原を駆けて、鎧の男たちから離れていく。
「あ、アザレア!?」
「早く手当てをしないと、ハルトさんが、ハルトさんが死んじゃう……!」
脇に抱えられているせいで彼女の顔は見えないが、その声は悲痛で、切実で、同時にひどく狼狽しているような調子であり――確かに仲間がやられたら慌てる気持ちはわかるけれど、それにも増して――それでも一心不乱に、少しでも安全なところまで逃れようと、凄まじい速度で走り続けるのだった。
第一章本編はここで一区切りとなります。
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次回からは幕間を挟みつつ、物語は第二章へと続いていきます。
明日までは幕間を二分割して一日二回投稿、それ以降は一日一話ずつ更新していく予定です。
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