1-75:草原の決着、あるいは邂逅 上
「……スルト!」
セスティナが草原を駆けてこちらへ向かってきている。だが、フィオナとの戦いのダメージが大きいのか、その足取りは速いものではない。スルトの方は相変わらず右腕で左肩を押さえていた。
「……何故、とどめを刺さない」
「フィオナがお前らと話したがっている。テメェを封印するとしても、その後でいい……アザレア」
アザレアに声を掛けると、彼女は真剣な表情のまま頷き返し、フィオナを連れながらセスティナの方へとゆっくりと歩みを進める。
それに対し、セスティナは悔しげに口を引き締めるが、抵抗はない。フィオナとの戦闘で消耗もしているだろうし、何よりも巨人のアンデッドを全滅させ、スルトとすら打ち合って見せたアザレアに抵抗しても無駄だということは理解しているが故だろう。
都合、岩場の手前で五人と人形一体が集合することになる。まだ、自分はパンタグリュエルの身体強化を継続させている。普段なら制限時間は超えているが、今はまだ抵抗が考えられるし、弱みを見せるわけにはいかないからだ。
しかし、少しでも油断をしたら即座にぶっ倒れてしまいそうな疲労があるのも確か――気を抜かず剣の柄を握ったまま、アザレアとフィオナたちが到着するのを待つことにする。
ふと、アザレアが視線を上げて自分の背後を見る。彼女がこういった姿勢を取るときは、大体何かが近づいているときだ。
「なんだ、モンスターか?」
「いえ、この気配は、人……人間です」
この深層に人が来るとは考えにくい。しかし、そもそもセスティナたちがここにいたのは、その人物と待ち合わせをするためなのかもしれない。そんな人物、何者なのか――そう思いながら振り返ると、薄靄の向こう側から、確かに一つの人影がこちらに近づいてくるのが見えた。
そのシルエットは背が高く、肩幅が広い。恵体というのが前提だが、鎧でも着こんでいるから余計に肩幅が広く見えるようだ。煉獄に鎧を着てくる者がいるというのは、稀にだがある話ではある。化け物との近接戦闘において、鎧の防御力が単純に役に立つことはあるから――ただ、足が遅くなって体力を食うので、好んで着こむ奴はいないだけである。
しかし、その鎧のシルエットには見覚えがある。目を凝らすと、どうやら空中に浮かぶ球体と――いつも自分がシュライクと話しているのと同じような感じで――会話をしているようだ。
「余が自ら出向いてみれば、なかなか思わぬ余興に出会えたな……それでディケム。どれがアオートの胚だ?」
「胚は二つ。水色の髪の少女は両方ともそうです」
「成程……どちらも余のもので問題ないか?」
「貴方がそれを望むのなら。皇帝陛下」
漆黒の甲冑に身を包んだ壮年――黒の中に白の混じる年季の入った髪を持ち、しかしギラギラとした眼光を輝かせる男。それに、聞こえた「皇帝陛下」というワード。間違いない、アイツは、あの日に燃え盛る炎の向こう側にいた男――!
「フェルノワール!」
靄の向こうから現れたのは、間違いなくヴィンセント・フェルノワールだった。これは、千載一遇のチャンスだ。こいつがたった一人で自分の目の前に現れるなど、今を除いてありえないだろう。
「フィオナ、頼む! もう一度、あの力を貸してくれ!」
「えっ……?」
「貸せ、貸すんだ!」
「わ、分かった……!」
後ろも振り向かずに怒鳴ると、すぐに身体に先ほどと同じような力がみなぎってくる。いや、それ以上だ――もう身体は限界をとうに超えているはずだが、今さえ持ってくれれば、あと一撃さえ持ってくれればそれでいい。
その結果として命を散らすことになっても構わない――アイツの命さえ奪えれば、後のことなどどうでもいいのだから。
「シュライク!」
「今の私の力で王権を抜けるかどうか……まぁ、主がやる気なのだ、協力は惜しまんよ!」
断章ノモラスを起動し、渦巻く切っ先を鎧の男に向ける。フェルノワールは短い顎鬚を撫でながら、どこか訝しむような視線でこちらを見下ろしている。
「立場柄、命を狙われることは何かと多いのだが……それで貴様は何者だ?」
「死ねぇええええええええええええ!」
切っ先を突き出しながら突撃するこちらに対し、フェルノワールは素早く腰の剣を引き抜き、正面で構えて詠唱を始める。
「サバオト・アウカナ・ハダウ・マルナ・ドノス・サバト……起動せよ、敵意を砕く絶対なる結界! 王剣デュランダル!」
切っ先が相手の心臓を貫く前に、フェルノワールの前に極彩色の膜が――それも何層にもなっているようだ――展開される。やや距離があったせいか、相手の神器の起動は間に合ってしまった。
それならそれで、相手の防御の上から貫くだけだ。
「うぉおおおおおおおおお!」
断章の切っ先と王剣の膜とが激突し、激しい光が発せられる。虹色の膜を黒い渦が呑み込まんと奔流し、膜を破壊し続ける。同時に絶対の防御を誇る聖剣も負けじと、破壊されたそばから激しく輝く膜を生成しているのだ。
破壊する速度と、新たな膜が生成される速度の差は――僅かにだが、こちらが勝っている。それは間違いなくアオートの胚の、フィオナの助力のおかげだろう。
フェルノワールはデュランダルの刀身を、ノモラスの切っ先の位置に合わせる。もっとも破壊力の激しい地点に、より防護壁の生成を近づけようという努力なのだろうが――それでも少しずつだが、確実に切っ先は仇に近づきつつある。
ふと、明滅する光の奥で異変が起こった。絶対の防御といわれていたデュランダルの刀身が、わずかにだが欠けたのだ。




