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1-74:ヴォルテックス・コンフリクト 下

「……あの女、我が眷属たちを全滅させてきたというのか!? だが、我が炎の鎧に対し、有効打は……」


 巨人の声が草原を震わせている間に、アザレアは無言のまま他の岩の元へと移動し、武器を縄状にしてそれに巻き付け、投石機の原理で思いっきり身体を回して再び巨人へと投げつける。


 確かにその炎熱により岩は幾分か溶かされているようだが、着弾するまでに完全に消滅することはなく、そのすさまじい速度と相まって、巨大な図体では避けることのできない一撃と化している。 


 スルトの方も自分よりもアザレアの方が厄介と認定したのか、攻撃の的を彼女の方へ絞っている。アザレアの方は危なげもなく巨人の攻撃を躱しているが、同時に有効打がないようであり、状況は膠着している。


「は、ハルト……!」


 アザレアと巨人が轟音を響かせている中で、小さく自分の名を呼ぶ声が聞こえる。岩場の方を見ると、フィオナが岩柱に身体を預けていた。外傷こそ先ほどとそんなに変わらないようだが、パンタグリュエルの反動をもろに受けているせいだろう、肩を震わせながらなんとか立っている、という様子だ。

 

「フィオナ、無事か!?」

「うん、なんとか……待ってて、今、私も力を解放するから……」

「しかし、それは……!」


 セスティナのように蝕まれてしまうのでは――そう言おうとするのを、フィオナは首を横に振って遮る。


「大丈夫、迷いはないから……みんなで帰るために力を貸すの。だからハルトも、みんなで帰るために、頑張って……!」


 フィオナはそこで言葉を切り、瞼を閉じながら、祈るように両手を組んだ。しかし、何も起こらない。焦っているのか、それとも痛みのせいか――恐らくは両方なのだろうが――顔には脂汗がにじんでいる。


 見かねてか、先ほどフィオナの元へと移動していた木偶人形が、彼女の前で滞空して助言を始める。


「心静かに、意識を心臓に集中させろ……胚である貴様の心臓は、混沌の渦に繋がっている。それを手繰り寄せるのだ」


 助言が功を奏したのか、彼女の手のあたりに僅かにだが、黒い瘴気のようなものが現れる。しかし、それ以上は広がらず、ただフィオナの命を蝕んでいるだけのように見える。それでも彼女は諦めず、眉をひそめて苦しげにしながらも、祈りを続けている。


 無理をするな、やめるんだ、そういうのが正解なのか――それはきっと違う。それは、彼女の決意を無駄にすることになる。そもそも、知らずとはいえ、彼女に能力の解放を望んでいたのは自分だ。


 それなら、少しでも、彼女の迷いがなくなるように。彼女の決意を後押ししてあげられるようにしてやること。それが、きっと自分がすべきことである。


「必ず俺があの巨人を止めてやる! それで、一緒に帰るんだ……だから力を貸してくれ、フィオナ!」

「……うん! ハルト、お願い!」


 上手く混沌の渦を探り当てたのか、フィオナの手の前に、彼女のあどけなさに似合わない漆黒の渦が現れる。彼女は渦に右腕を押し込み、それを腕に纏わせると、力いっぱいに肩を振って、その瘴気をこちらへと投げつけてきた。


 禍々しいそれを受けるのに躊躇がないといえば嘘になるが、これは己を強化してくれる福音なだけでなく、フィオナが紡いだ決意でもある――投げ出されたそれをその身で受けると、まずは身体にひりつくような痛みが走った。


 だが、すぐに痛みは過ぎ、一気に体に活力がみなぎってくる。これは、瘴気に自分の身体が反応しているのではなく、力を貸しているパンタグリュエルの力が増しているおかげだろう。


「まさか、クィンティアが!? スルト!」

「……お嬢様、それ以上はなりません! 私にお任せを!」


 こちらも力を得たのを脅威に感じたのか、スルトはアザレアを追うのをやめてこちらに標的を定めてきたようだ。しかも、今までの攻撃とは訳が違う。巨人が正面に両手をかざすと、その前に巨大な炎の弾が生成されている。


 アレを打ち出されたら広範囲が焼き尽くされる。避けても無駄、正面から受けるしかない――こちらに来ようとしているアザレアに対してフィオナのいる岩場の方へ行くように手で指示を出し、今にも発射されんとする火球と対峙する。


「力を貸せ、ミドガルズオルム!」


 蚯蚓の邪神の名を叫びながら草原に手を押し付けると、目の前に土の壁が出現する。ただ、今までと違うのは、その高さと厚さだ。高さとしては巨人並、厚さはそれに近いほど、幅も火球を受けきるのに十分な長さ、それをほとんど瞬時に出現させる。


 直後、壁の縁がカッと朱色に燃え――壁の横を炎が突き抜けていくが、ここにいればダメージを受けることはない――そして数秒の間に土の壁が災禍を防ぎ切った。


 邪神の力で結合されていた土の壁は、直後に崩落を始める。土煙の向こう、今度は向こうが勝負を焦ったのか、かなりのエネルギーを放出したようで、さしもの炎の巨人も疲れが見える。


『いける、これなら……戻ってこい、シュライク!』

『了解だ。人形は……まぁ、小娘が拾ってくれるだろう』


 フィオナの側から黒い筋が瞬時に戻ってくるのに合わせ、右手の剣を正面へと掲げる。


「サッバタイオス・ロコウ・フルカ・ラソナ・ハヤナ・ハルナ! 起動せよ! 異界を繋ぐ早贄の一刺し! 断章ノモラス!」

『私の方も準備万端だ! いつでもいけるぞ、君!』


 神器を起動すると、勢いよく刃が回転を始める。いつもと違うのは、そこにはフィオナの祈りが――そして、シュライクの力が込められている点である。物理的な力を持たないシュライクだが、もはや異界のエネルギーそのものとなった今のスルトに対しては特効を狙える。


 元々はその熱量故に近づくことすらできなかったわけだが、今なら――異界の瘴気によって強化されたシュライクが剣にこもったことで、回転する刃に確かな力がこもる。剣を突きやすいように持ち替え、漲る力を足に込めて、一気に巨人に向けて駆け出す。


「おぉおおおおおおおお!」

「ぐっ……あぁああああ!」


 巨人の声があたりの空気を振動させ、そしてその気迫を巨大な腕に込め、こちらを迎撃せんと振り下ろされる。対してこちらは剣を突き上げ――その切っ先から極大の渦がせり上がり、振り下ろされた巨人の左腕とぶつかり合う。


『喰らわせてもらうぞ……貴様の焔!』


 巨人の放つ炎と最古の神が放つ暴風とがぶつかり合い、赤と黒の渦がせめぎ合う――しかし、次第に黒が赤を飲み込んでいく。最後には黒い渦が巨人の腕を丸々呑み込む形になり、黒い力の余波が第七階層の天井にまでぶつかった。


 辺りに静けさが降りてくる。後に残ったのは、突き出されて静止している剣の切っ先と、左腕を丸々食われて揺らめく巨人の姿――そして力を維持できなくなったのか、巨人の身体が消滅し、それが存在した足元のクレーターの中に、上裸の老人がその先を失った左肩を押さえているのが見える。


「ぐぅ……見事……!」


 老人は息も絶え絶えにそれだけ言い残し、そして大地に膝をついたのだった。

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