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1-69:バーニング・バトラー 下

「……成程。一応、百貌の王を使役するに値するだけの器は、最低限はあるということか……だが!」


 刃を翻す前に、腹に鈍い痛みが走る。そのまま、一気に視界が回り、スルトの姿が遠くなっていく。あとはそのまま、背中を何かに強く打ち付けて、ようやっと身体が止まる。スルトの蹴りが自分の腹に入り、凄まじい勢いで吹き飛ばされたということなのだろうが――内臓にダメージを食らい、喉から勢いよく血を吐き出してしまう。それこそ、パンタグリュエルの強化がなければ、今の蹴りだけで絶命していただろう。


 ともかく、ダメージでぐったりしている暇などない。すぐになんとか身体を転がして岩陰に隠れる。不幸中の幸いというか、跳ばされた先が遺跡の方であったから、追撃の手が一瞬止まってくれた。


 スルトとしても、味方であるセスティナがいる場所は――それもどこにいるかを判別しきらないから――攻撃できないはず。パンタグリュエルで強化されている間は、防御力も再生能力も上がっている。完全回復とまではいかなくても、少し息を整えれば動くことはできるようになる。


 だが、ここは同時にセスティナに狙われる場所でもある。そして、やはり近くの岩の背後から物音がする――這う這うの体でアトラク・ナクアの力を使役し、自分の体が隠れるように糸の防護壁を張る。すぐに銃弾が連続で発射される音が聞こえるが、それは蜘蛛の紡いだ糸によって防がれ――別の銃声が一発、どうやらどこかからかフィオナが援護してくれたようだ。


『君、大丈夫かね?』

『これが大丈夫そうに見えるか?』

『君が無様にやられると、先ほど啖呵を切ってしまった手前困るのだが……しかし、普段と違う感じがしないか?』

『普段と違う感じ……?』

『普段なら、ここまで術を使うことは反動的に難しいということさ』


 そういえば、先ほどからいつも感じている反動はないように思う。いや、正確には僅かにはあるのだが、戦闘に集中していて無視できる程度のものである。


『どうやら、他の者たちも君に勝ってほしいようだ。先ほど、木っ端と言われたのが相当に気に食わなかったようだな……と、お客さんのようだぞ?』


 念話を切り、シュライクが向けた視線の先を見ると――アトラク・ナクアの糸が貼られている反対側だ――フィオナが姿勢を低くしながらこちらへ近づいて来ているのが目に入った。


 彼女もぼろぼろで、衣服の所々が千切れ、そのあちこちが赤くにじんでいる。あの威力の弾丸なら掠っただけでも相当なダメージになるはずだが、それでもまだ動けているのは、流石アオートの胚、彼女もまた強靭な肉体を持っているということの証左か。


 それでも、小さな女の子がこんなにボロボロになっているのは、どこか痛ましくも感じる。ともかく、彼女は周囲を警戒するようにこちらに背を預けながらしゃがみ込んだ。


「啖呵を切った割に、苦戦してるみたいじゃないか」

「そっちこそ、いつも偉そうにしてるんだから、もっとバコーンとやってほしい」

「バコーン、バコーンね……」

「……確認事項は三点。ハルト、弾丸は?」

「悪いが、持ってきてない」

「それなら、仕方ない……次。できれば、スルトとセスティナとは話をしたい」

「生け捕りにしろってことか?」

「無茶なお願いっていうのは分かってる。でも……できればで構わないから」


 先ほどの攻防を思い出すに、あのスルトとかいうデミゴッドは生け捕りにできるような相手ではない。本来生け捕りというのは、相応の実力差があって初めて可能なもの――押されているのはこちらなのだから、むしろ生け捕りがどうのとかいうのは向こうの方だろう。


 もっとも、さらったからには向こうとしてはフィオナは生け捕りにする気なのだろうが、自分とアザレアに関してはその限りではないはずだ。


 だが、フィオナの声は真剣だ。先ほどまで泣いていたとは思えないほど決意に満ち溢れている。それに、彼女としても、やはり昔馴染みとは話をしないまま、というのは嫌なのかもしれない。


 それなら、心の片隅に置いておくくらいはしても良い。自分の命が第一優先だし、加減ができる相手ではないのだから本気で行くが、一応の可能性として留意しておくくらいのことならできる。


「……五体満足とは言えない。お前が相手にしてる奴はお前次第だ。好きにしろ」

「うん……頑張る。こんな頑張ったら、明日は私も酷い筋肉痛になる」


 それだけ言って、フィオナは立ち上がった。先ほど確認事項は三点と言ったのに、まだ二点しか言っていない。だが、そのときにフィオナの言葉の違和感に気づく。今のが三点目のオーダーであり、この子はそれを周りに悟られないように言葉を選んだ、ということなのだろう。


『シュライク、できるのか?』

『あぁ、原理的にはな。私の傘下にいる邪神でかつ、胚の小娘ならば使いこなせるだろう』

『それじゃあ、タイミングは任せる』


 シュライクがこちらに集中していなくても、他の邪神の力を引き出すことはできる。こいつは、相手の核を貫いたときだけ動いてもらえば良い。木偶人形が少女の衣服の方へ移動したのを確認してから彼女に向かって頷くと、フィオナは力強く頷き返し――そして、また互いに倒すべき相手の方へと向かって行くのだった。

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