1-68:バーニング・バトラー 上
「パンタグリュエル!」
肉体強化の術を使いつつ、デミゴッドの男を目掛けて草原を駆ける。接近するこちらに対し、スルトは左腕に炎の竜を纏い、それをこちらに向けて撃ち出してくる。直線的な一撃、それを軸をずらして躱す。が――。
『君、奴の炎を侮らない方が良いぞ!』
『分かってる!』
先ほど、アザレアが戦っているのを見ていたから予測はついている。スルトが振り切った拳をそのまま横薙ぎにすると、炎の竜は鞭のごとくしなり、男の手の動きについてくる。その炎に巻き込まれる直前に大地を踏みしめて高く跳び、足元に焔の熱を感じながら、そのままの勢いで相手の方へと肉薄する。
「やらせん……」
「アトラク・ナクア!」
相手がすぐに迎撃に移るのは予想済み、左手から漆黒の糸を勢いよく飛ばして、相手の左腕にそれを絡めつける。あとは、これを相手の身体に引き寄せられる形で短くすれば、相手の動きを抑えつつ一気に接近できる。
だが、ことはそう簡単には運ばなかった。老人の左腕が炎に包まれたかと思うと、黒糸が一気に燃え尽き、自分の身体は空中で勢いを殺されてしまう。ただ、ある一定の速度は既に出ているのだから、このまま――そう思って右腕を下に向かって突き出すが、その切っ先は空を切った。糸を燃やしたスルトは、そのまま背後へ大きく跳躍したからだ。
「ノモラス……まさか解放されていたとはな。それに、百貌の王の力を使ってイグノートゥスの力を使役していると。
だが、貴様が封印しているのは、所詮は木っ端の神魔。大いに警戒するほどの力を持つ柱がいるわけではない……そうなれば、貴様に神器による必殺の一撃を放たせなければ良いだけだ」
それだけ言って、スルトは攻撃の仕方を切り替えてくる。その場で一回転すると、四肢に真っ赤な炎を宿し、それを一つ、また一つとこちらへ撃ちだしてくる。大きく移動すれば当たるものでもないのだが、その温度は凄まじいようで、避けた場所に生えていた草が一瞬にして燃え尽きてしまうほどである。
こちらも飛び道具として銃で対抗できなくもないが――実際に一発撃ち込んでみるが――攻撃ついでに放たれる炎熱により、いとも簡単に溶かされてしまう。
奴を倒すためには懐に潜り込まなければならないが、向こうもそれを熟知しているのだろう、相手はこちらから一定の間合いを取り続けている。それだけならば問題はないのだが、この間合いは明確にこちらが不利だ。相手はこの距離からでも必殺の一撃を放てるのに対し、こちらは有効打を持たないのだから。
それに、遠くから聞こえてくる銃声。音が聞こえるということはまだフィオナが戦っているという証拠ともいえるのだが、聞こえてくる音は相手の銃撃音ばかり。相手が持っているのは神器、対してフィオナが持っているのはただの拳銃。あの子の不利は明確だ。
アザレアはどうか。彼女の強さは疑うべくもないし、圧倒的な力でアンデッドを葬り去っている。だが、状況は好転していない。彼女が一体葬るごとに、新たな敵が地面から生えてきているのだ。恐らく、巨人が同士討ちをしない数だけを出現させているだけで、まだまだこの地には奴の眷属が眠っているということなのだろう。
そうなれば、この状況を打破するには、やはり自分がスルトを倒すしかない。時間を掛ければ掛けるほど、自分たちは押し込まれていく――どのみち、パンタグリュエルの制限時間もある。それなら、多少無茶をする必要があるだろう。
覚悟を決め、撃ちだされた炎を一発避けたのを合図に、一気に前進を始める。ただ、まっすぐに走ったとて、灼熱の炎に巻き込まれて終わりだ。それならそれで、策が必要になる。
まず、迎撃のために撃たれた熱線を予測して躱し、それに合わせて蚯蚓の邪神の名を叫びながら銃弾を一発撃ち込む。それは相手を狙ったものでなく、相手の近くの足場を狙ったものだ――銃弾が地面に刺さるのと同時に、込めていた邪神の力を発現させる。すると、着弾地点が隆起し、相手のバランスを奪うことに成功する。
だが、その程度で完全に怯んでくれるような相手ではない。スルトはまた後ろへと跳び、間合いを離す動きをしてくる。その間に――地面が完全に隆起し、壁ができている間に――神器を起動させる。狙うは心臓、そこを目掛けて一気に正面へと駆けだす。
自身が操る邪神の作った土壁は、こちらのタイミングで崩すことも可能だ。姿勢を低くして壁にぶつかりそうになった瞬間に壁を崩し、土煙の中に紛れて一気に接近する作戦だが――急な前方からの殺気に、一瞬背筋の凍る思いがするが――。
「う……らぁああああ!」
姿勢を更に低くして、前進し続ける。背中に焼けるような熱を感じながら足を緩めず、そして相手の足が見えた瞬間に一気に姿勢を戻し、回転している剣を正面へと突き出す。
だが、突き出した先端は相手の心臓をとらえることはできなかった。ギリギリで身をよじられ、僅かに脇腹を掠めるに過ぎない。回転する刃の衝撃で、向こうも幾分か姿勢を崩したようだが、しかしすぐに姿勢を正し、燃えるような赤い瞳がこちらを睨む。




