1-67:炎の巨人と百貌の王 下
「アザレアは巨人たちを頼む! コイツは俺が倒す!」
デミゴッドであるならば、アザレアよりも自分が戦うべき相手だ。彼女はべらぼうに強くはあるが、デミゴッドを――正確にはその身に宿るイグノートゥスを――倒すことはできないから。
対して、巨人型のアンデッドの相手なら――もちろん本来なら難しいはずだが――アザレアの持つ巨大な質量兵器なら、あの図体を相手にしても十分なダメージを与えることができる。デカいが動きの遅いアンデッドなら、アザレアなら殲滅することもできるだろう。
アザレアは心配そうにこちらを見ていたが、自分と同じように手早く自分の役目を果たそうと決心したのか、頷き返して周りのアンデッドの方へと駆けて行った。手には巨大な得物を――先端の恐ろしく巨大なモーニングスターだ――持ち、早速一体の骨をいとも簡単に粉砕している。
自分がアザレアに合図を送ったのと同時に、スルトはこちらへと振り返って、ただ手を背後へ回して直立していた。まるで、こうなることを待っていたとでも言うように――そして背後からは銃声、正面からは轟音が聞こえるようになると、木偶人形が自分の肩に留まって老人を睨む。
「久しいな、炎の巨人。人に敬われるためにかつて我らを裏切ったというのに、今は人に顎で使われていると、皮肉なものだな」
「否定はせんよ、百貌の王。たとえ、貴様も人に使役されているとしても、その誹りは受け入れよう」
スルトの方は言葉を切り、そのままの姿勢で草原を見渡す。その瞳には、この場だけでなく、この煉獄全体を見ているような、そんな雰囲気がある。
「そういう貴様が作った楽園とやらはどうだった? 人は無償で与えられたものを有効に活用することはできない……理解と過程なしに超高度な文明を享受した人々は、ただ堕落を貪るだけの衆愚と化した。それを、生きているとはいえたのか?
人々の失墜を正すため、私はこの塩の大地を去り、外の神々と共に貴様と戦ったのだ……人が己の意思で生き方を選び取れる、そんな世界を作るためにな」
「なんだ、今更裏切った言い訳か? 別に、我輩はそんな細かいことは気にしておらんよ……むしろ、貴様らには感謝しているくらいだ」
「……何?」
「端的に言えば、だ。我輩からしてみれば、この塩の大地は失敗作だったのだ。貴様の言う通り、この地に住む人々は、惰性を貪るだけのつまらん肉塊と化した……一応、私なりの実験だったのだが、何の成果も得られなかった。
それで、ここをどうしようかと考えていたタイミングで、貴様らが反旗を翻してくれたのだ。ちょうどよかったよ」
「なんだと? 貴様、我々の攻撃に対して抵抗をしていたではないか」
「それも実験だ。戦乱が続けば、人にどのような変化があるのか観察するためのな……折角いろいろと試せるのに、はいすぐ負けました、では面白くもあるまい?」
「くっ……いや、貴様はそういうやつであった。一万年前も、その更に前もな」
シュライクの言葉に、スルトは横から話を聞いているだけで、肩に止まっている邪神の方が遥かに邪悪だと思わされる。聞かされたことの内容の酷さに若干怯んでいるスルトの方が、確実に良識があるといえるレベルである。
あまりの卑劣さに言葉を失っているスルトへ、今度はシュライクの方から声が上がる。
「逆に問うぞ、炎の巨人。貴様が目指した社会とやらは、果たして実現されたのか? 結局人々は貴様らポプリスタの言いなりになってコミュニティを形成していっただけではないか?」
「貴様の言う通り……生半可に人々をいたずらな文明から引き剥がしたところで、状況は変わらなかった。結局、人々は時々の権力者や信仰、思想の潮流に巻き込まれ……いや、多くの者はその潮流に巻き込まれているという自覚すら持たず、ただ時間が過ぎ去っただけ。
結局、人が自らの意思で世界を歩くということなど、不可能なのかもしれん」
「ははは、それで人の世に絶望して、隠遁生活かね? そんな貴様が、何故に錬金術師などに与している?」
「今さら何をするわけでもない。ただ、人の業の行きつく先を見届けようとしているだけだ。
貴様こそ、どうしてその男に着き従っているのだ……一万年間も潜伏していたのを今さらになって動き出したのだ、相当な理由があるのだろう?」
「我輩は貴様とは違うぞ。我輩はこの男に敗れて服従しているのだ。要するに、致し方なくだな」
「ふっ、どうだか……本心を言うつもりはないということだな?」
「それはお互い様だ」
「成程……場合によっては手を取り合うこともできるとも思ったが。それならば、力づくで吐かせるまでだ」
「その言葉、そっくり返すぞ、炎の巨人……」
シュライクはそこで言葉を切り、今度は自分の方を向く。
「さぁ、頑張ってくれたまえ、君! 何せ今の我輩は、か弱い邪神の一柱に過ぎないのだからな!」
「結局俺任せか!? だが、さっさと片づけるのには賛成だ!」
早くフィオナの援護に行ってやらなければ。同じアオートの胚同士、勝敗を決するのは経験や体格、それに武器。フィオナはセスティナと比べて全てが劣る――そう考えて断章ノモラスを抜きだし、その切っ先をスルトに向けて突き出した。




