1-65:少女の真実 下
「……お嬢様、誰かがこちらに向かってきてます」
「そう、帝国の使いが来たのかしらね。言いたいことは言ってやったし、もうこいつの顔なんか見たくもないから、さっさと……」
「……フィオナ!」
遠くから、セスティナとスルトとは別の声が聞こえる。それは小さいけれど、何度も何度も同じ言葉を繰り返し――その声があの人のものと気づき、顔を上げて振り返る。
視線の先には二人が――来てくれないと思っていたハルトとアザレアが、草原を駆けて近づいてくるのが見えた。
「アイツら、どうしてこの場所が!?」
「向こうには百貌の王がいます。それ故、推察できたのではないかと」
「そんなのおかしいわ! 確かにここは貴方の領域かもしれないけれど、だからって数ある選択肢の中で、真っ先にここに向かってくるだなんて……まさかスルト、貴方がおびき寄せたの!?」
「私の役目は、お嬢様を護ること。その使命に偽りはありません」
「ふん、どうだか! メフィストといいお前といい、イグノートゥスの考えなんか信用できるものですか!」
「……忠義は、行動にて示しましょう」
セスティナは立ち上がり、スルトはその背から闘気を露わにする。ハルトとアザレアを迎撃するつもりなのだろう。
「フィオちゃん!」
「フィオナ! 迎えに来たぞ!」
迎撃態勢を取る二人に対し、ハルトとアザレアは大きな声でフィオナの名前を呼ぶ。それを阻むように、セスティナが岩の上を歩き、自分の前に立った。
「フィオナは私よ! こいつは記憶を持つだけの……」
「お前のことなんぞ知るか! 俺はフィオナと話をしてるんだ!」
先ほどまで私を悩ませていたセスティナの声は、ハルトの大声でかき消えてしまう。それはすごく心強いのが半分、困惑が半分だった。
来てくれたことは嬉しいけれど――ハルトたちは、自分のことを知らない。変に嘘をついたわけでもないけれど、真実をきちんと話していたわけでもない――何より、自分は二人のことを最後まで信じられていたわけでもない。
「わ、私……違うの、私、本当はフィオナじゃないの……!」
「お前はフィオナだ! 少なくとも、俺たちにとっては! お前が何者であろうと、俺とアザレアにとってはお前がフィオナなんだよ!」
「でも、でも……私、何の役にも立たない! ハルトたちが来てくれることも信じきれなかった……嫌な子だから……!」
「そんなこと知るか! 約束しただろうが! お前がわがまま言って俺に言わせたんだ、次も探索に連れて行くって! ちゃんと守れ!」
「約束……」
「待ってろ、今、そいつらをぶっ飛ばしてそこに行く!」
約束を覚えていたのは、自分だけではなかった。ハルトもそれを護ろうとして、自分の元に来てくれた。胸に何か熱いものが込み上げてくるのを感じる――ただ、それが具体的な形になるのを防がんと言わんばかりに、スルトがハルトたちの進行に立ちはだかる。
スルトは、自分に火器の使い方を教えてくれた人物。彼の方が自分よりも正確で速い。だが、それはあくまでも銃を抜き、狙いをつけ、引き金を引くまでの動作の話である。火薬がさく裂し、鉛球が飛び出すという根本的な構造は変わらないのだ。
つまり――。
「……あの女、銃弾を受け止めた!? そんな馬鹿なことがある!?」
自分が予測できていたことを、セスティナは驚きながら大声を上げている。いや、自分もある意味では驚きなおしたのだが――スルトがシングルアクションリボルバーを引き抜く瞬間、ハルトの前にアザレアが飛び出し、直後に一発に聞こえた三発の鉛球を、アザレアは正確無比にその左手で止めていたのだから。
「アザレア、任せる!」
「はい! ご主人様は、フィオちゃんをお願いします!」
アザレアは鉛球を投げ捨てると、ローブの中から球体を取り出し、それをそのまま大鎌へと変形させて跳びあがり、スルトへと切りかかる。スルトはそれを迎撃するように弾倉に残った三発をファニングするが、アザレアは鎌を一回転させることで、それを見事に弾いてしまう。
「成程、やるな覚醒者……こちらも本気を出さねば、失礼というもの!」
天から降りる斬撃は、大地を切り裂くに至らなかった。大鎌の先端が、銃を投げ捨てた男の手の指の間でピクリとも動かなくなっている。弾丸を止めるのも大概だが、アザレアの怪力を止めるスルトの力も相当なもの。彼にとって銃器の扱いなど、戯れに過ぎない――その身に宿る怪力こそ、炎の魔神スルトの本領なのだから。
アザレアも流石で、初撃を防がれたらすぐに武器の形を解き、スルトから一定の距離を取る。二人の間に緊張が走るが――達人同士の間合いともいうべきか、互いに動けぬ緊張感が空気を支配している。
その一方で、アザレアと別れたハルトが、こちらへ向かって駆け続けてきている。それを止めんと、セスティナがベルトから小さな冊子を取り出し――それは数年前までは自分が使っていたはずのものだ――自分のよく知る詠唱を紡ぎ始める。
「スルト・フノル・メサム・ユクテ・ペイグ・ダグデ……起動せよ、鉄火を読む万識たる百科! 炎典レーヴァテイン!」
詠唱を終えると、冊子は変形を始め、そこにすかさずセスティナは腰から弾倉を取り出し、まだ形を取り切る前のそれに無理矢理ねじ込む。すると、それは瞬時に突撃銃の形を取り――セスティナはすぐに向かってくるハルトに対して銃口を構える。
「ハチの巣にしてやるわ、魔術師もどき!」
「ミドガルズオルム!」
連射される銃弾、ただそれは急激に現れた高い土壁によって阻まれる。生半可な厚さでは貫通されるはずだから、あの土壁はかなりの厚さだ。一瞬の沈黙、セスティナはハルトが右から出るか、左から出るか、もしくは壁を崩して正面から来るか――それを狙っているに違いない。
そしてハルトはそのすべてを裏切った。彼は土壁の後ろに隠れたまま、こちらへ何かを投げてきたのだ。自分の目線は――恐らくセスティナの目線も――その投げられた何かに注がれる。それは、先日ハルトに買ってもらった、そして先ほどセスティナにやられたことで落としてきたリボルバーだった。
「受け取れ、フィオナ! 戦う意思があるのなら!」
その声に身体が突き動かされ、銃の落下地点へと駆ける。それと共に銃声が一発。どうやら、自分がそれを受け取るのに――セスティナもただではとらせてはくれないだろう――ハルトが援護をしてくれているようだ。
まだ、確固とした意思が自分の中にあるとは言い難いかもしれない。ただ、ハルトの期待には応えたい。それだけは、絶対に揺るがない真実。胸の奥に燃え上がった熱いものの正体。
そして――宙を舞っていた戦う意思を手に取り、覚悟という名の撃鉄を起こして振り返り、決別の意思を込めてその銃口をかつての妹に向けたのだった。




