1-63:少女の真実 上
腹部に鋭い痛みを感じて目を覚ます。そこは、薄明るく、霧の掛かったような空間だった。目を凝らしてみれば、僅かに輝く天井が見える。
身体が硬い。気絶して硬直していたのもあるのだろうけれど、もっと根本的な理由としては、自分が寝かされていた場所のせいだろう。下はデコボコとした硬い岩だ。その上で上半身を起こして辺りを見回すと、そこは広大な草原だった。自分がいる場所は何かの祭壇のようになっており、岩の神殿のようになっている。
長方形の岩で作られたアーチや柱が周囲に円状に広がっており、自分がいるのはその中央の祭壇の巨大な岩の上だった。数千年前の巨石文明の名残みたいな雰囲気だが、もしかしたらここはその源流なのかもしれない。ただ、ここはそれにもまして広大な祭壇だったようで、円が何層も連なっており、かなりの残骸が転がっているところに相違点がある。
「やっとお目覚め?」
あぁ、先ほどのアレはやはり夢などではなかったのだ。アパートが襲撃されたことも、彼女が自分の目の前に現れたことも――視線の先にいるのは、自分と同じように岩の上に座って、自分と同じ水色の髪を持ち、自分と同じ瞳の色をした少女。だが、自分の記憶の中よりも成長している彼女、セスティナだった。
「ここは……煉獄?」
「そうよ。ここで取引の待ち合わせをしているの。貴方の新しいご主人様とね……今、ちょうど連絡を取っていたところよ」
セスティナの影から、こぶし大の球状の浮遊する物体が現れる。多分機械なのだが、自分が知る範疇と比べると、それはあまりに精巧にできすぎている。金属らしいがほぼ完全な円型であり、つなぎ目などがほとんどなく、人がこれを作れるとは思えない。もしかしたら神器かもしれない。
その中心にはレンズがついており、それが目のような役割をしてこちらを覗き込んでいるようだ。形状はギョロ目なシュライクと似ているが、あのちょっと不気味な人形と比べても無機質な感じで、好きじゃない。
そう思いながら睨んでいると、球体の方から男の声が――つかみどころがないような、ともかく信頼ならない感じの――聞こえ始める。
「その娘が、アオートの胚ですか?」
「えぇ、そうよ。それで、そちらも迎えの準備はできているんでしょうね?」
「はい、それはもちろん。ただ、ちょっと皆さんお忙しくてですね……取引人も今そちらに向かわれているのですが、少々驚かれるかもしれません」
「七層に来れる人物となれば、それ相応の実力者でしょうからね」
「取引場所を指定したのは貴女ですよ、フィオナ・コルネリア・ヴェルメンティーノ。こちらのいう通り、鉄機城に来てくだされば早かったのに」
「それこそ、鴨が葱を背負っていくようなものでしょうに……こちらはたったの二人なんだから、伏魔殿になんか赴いたら、それこそ取って食われてしまう」
「ともかく、今しばらくお待ちください。こちらは取引人が一人、そちらへ向かっていますから」
「……一人? この煉獄の深層に一人で来るというの?」
セスティナの質問に対し、球体はもう答えなかった。ただ、変わらずこちらを監視するように、辺りを浮遊し続けている。セスティナの質問に答える気はないが、監視の目は緩める気はない、といったところか。
ただ、いくつか有益な情報があった。セスティナは――ひいては恐らくお父様が――何者かと取引をしようとしているということ、そしてここが煉獄の第七階層だということが分かった。
しかし、だからといって何かできるわけでもない。自分には武器があるわけでもないし、力量差から見てもセスティナたちから逃げることもできないだろう。先ほど、周囲を確認しているときに、見知った背中が見えた。自分に戦い方を教えたあの人――彼がいては、自分が全力で逃げようとしても、簡単に捕まえられてしまうに違いない。
それなら、せめてもう少し情報を集めることにしよう。そもそも、彼女には聞きたいことはたくさんあるのだから。
「誰と通信していたの?」
「貴女が知る必要はないわ……それよりも、聞きたいことがあるんじゃない?」
「うん……セスティナ。アナタはなぜ成長しているの?」
「そうね……質問に質問を返すけれど、何故だと思う?」
「それは……」
「まさか、推察できないほど愚かじゃないでしょう? おおよその見当くらいはついているんじゃないかしら?」
「……分かった、聞き方を変える。どうして私は眠らされていたの?」
そう、恐らく正解はこちらだ。セスティナが急に成長したわけではなく、自分の時間が止まっていた――お父様の技術力をもってすれば、冷凍睡眠を施すことや、そこから起こすこともできるのだから。
ただ、重要なのはできるできないの話ではない。なぜ自分は眠らされていたのか、それが問題である。そして、そのことに関しては心当たりは――正直、全くないわけではない。ただ、それを認めてしまったら、自分の存在価値が揺らいでしまいそうで恐ろしい。
何も言えずに黙っていると、セスティナは性悪そうに笑う。前はこんな顔をする子じゃなかったのにという思いと、自分も成長したらこんな風に笑うのかという思いが、同時にこみ上げてくる。
「それはね、貴女のお父様への愛情が欠如したからよ」
「そんなことない! 私は、お父様に認められたくって、一生懸命がんばって……!」
「ならどうして、胚の力を解放させようとしなかったの?」
「そ、それは……!」
自分の心当たりを、セスティナは的確に言い表してくる。そして、聞きたくない話を躊躇なく続けてくる。
「答えは簡単。貴女は恐れていたから。貴女はクアルタお姉さまがどうなったか知っていた。だから、力を使うことを恐れたんだわ。そんな中途半端な貴女のことを、お父様は要らないと判断したのよ」
「私が……要らない……?」
「そう。貴女は要らない子なの。だってそうでしょう? 料理をしない料理人なんて、普通にクビだわ。料理人として雇ったのに掃除は頑張ってます、なんて言われても納得できるものじゃないもの。
胚としてもダメ、戦闘要員としても恐れてばかりでてんでダメ……だから、お父様は貴女を胚のスペアとして、冷凍保存をしていたのよ」
これ以上はつらくて聞いていられない。セスティナから視線を避け、助けを求めるように男の背中に手を伸ばす。




