1-61:木漏れ日の君の記憶 中
「ごめんなさい、少し疑問があるのですが……虚空の鎖は、神器を多数所持していて、かつ、それを使えるだけの人たちもたくさんいたんですよね? それなのに、襲撃には対処できなかったんですか?」
「裏切り者がいたんだ……フェルノワールの襲撃を手引きしていた一派がいる。鎖は大まかに、保守派とフェルノワール派と、あとは少数のカウフマン派で分かれていた……フェルノワール派は、虚空の鎖が保持している力を使う先を探していた。それで保守派とカウフマン派を欺いて、帝国に魂を売ったんだ」
「なるほど……それでその、襲撃のときに、皇帝によってセレスタさんは……」
「……いいや、セレスタを手に掛けたのは俺だ」
「えっ……?」
「言っただろう? アイツが虚空の鎖を襲ったのと時を同じくして、大災厄が起きたと。大量の瘴気が霊脈を刺激し、至るところで天変地異が起こった。特にその震源地である、結社の汚染は酷かった……大量の異界の瘴気が、虚空の鎖の本部を襲ったんだ。
多くの者は襲撃で命を落とすか、フェルノワールと共に帝国へ渡ったが、奴に見つからず僅かに残った人々のほぼすべてが異形の化け物と化した。俺はその影響を受けなかったんだが……セレスタはそうじゃなかった。
化け物と化していく彼女、美しかった顔はただれ落ちて、四肢は醜く変質していき……最後に彼女が願ったのは、化け物になる前に、殺してと……そして、俺は……!」
屍鬼となりゆく者を、元に戻す手段はない。ポケットに手を入れて、フィオナに買い与えた銃を握りしめる――あのときの自分には、これがなかった。原始的な手段で息の根を止めるしかない。あのときのことは必死で、あまり記憶にはない。ただ、夜が明けたとき、彼女だったものの亡骸が側にあった。それだけは事実だ。
「……残ったのは俺と、襲撃のせいで死に瀕していたカウフマンだけだった。そして彼は、俺に未解読のノモラスと、邪神を封印する書であるエヌの写本を渡して、息を引き取った」
アザレアは言葉を失っているようだ。当然だろう。恋人が死んだ直接的な原因は自分にある。初めて殺した相手が彼女であり、そしてその恨みを皇帝にぶつけることで、なんとか正気を――いや、もはや正気などではないのかもしれないが――保っているだけなのだから。
そんな人間に掛ける言葉など、存在しないだろう。だから、自分のことは人には話したくない。共感されたいわけでもない、理解してほしいわけでもない――ただ、今は彼女の沈黙が痛くなってきて、こちらから話を続けざるを得なくなってしまう。
「……もう一度言う。これで、わかっただろう? 俺はとんでもないろくでなしだと……愛する人をこの手で殺めて、こうやって今ものうのうと生きているだけでなく、塩の大地の最下層に眠る、そこらの邪神なんぞ比べ物にならないほどのとんでもない化け物が生まれることすら許容しているんだから。
同時に、俺にはもう復讐しかない。フェルノワールを殺すことだけが、俺がここにいる意義なんだ。セレスタとの思い出と、彼女に対する想い……それを復讐の刃として、奴の胸に突き立ててやることだけが、俺に残された最大にして最後の、ただ一つの望みなんだ。
だが、こんなの……他人から見たら、愛想も尽きるってもんだろ」
アザレアからしてみれば、ショックなことであったと思う。主人と慕っていた相手が、ただ復讐に心血を注ぎ、さらにはそれが凶悪な邪神を復活させる一助になってしまう――そして、それを自分はどうでもいいと思っている。
むしろ、もしもシュライクが世界を滅ぼす気だというのなら、それでいいくらいに思っている――フェルノワールさえ殺せれば、後のことなどはどうでもいいのだから。
それでもアザレアにこのことを話すべきと思ったのは、むしろ自分には誓った相手がいるということを理解してもらうためだ。セレスタには二度と触れることができない、ただ夢の中で、あの木漏れ日の下でだけ少し話すことが許される相手。それすらも、自分の妄執が生み出しているのに過ぎないというのはわかっているのだが。
ただ、要するに、アザレア、お前の好意は――それが主従の盟約により強制されたものであるとしても――自分には決して届かないのだと、理解してもらうべきだと思ったのだ。だから、一定の距離を置いてほしいと、それを理解してほしかった。
何なら、これで愛想を尽かされて、離れて行ってくれても構わないとすら思っているのだが――。




