1-60:木漏れ日の君の記憶 上
「……明るく、優しく、誰からも好かれる娘だった。魔術師としても優秀で、俺と違って自身の神器の解読もできていたし、カウフマンの跡を継ぐものとして、将来を有望視されていた……俺と同い年だったけど、評価は真逆だったといっていい。
俺は、最初は彼女のことを避けてたんだ。自分とは正反対にいる人間。思春期だったってのもあるんだろうが、だから自分なんかが太刀打ちできないような相手に見えて、余計につらかった部分もある。
俺なんか、カウフマンの研究室を出れば、周りから馬鹿にされてたからな……」
どこの組織でもそんなものなのだと思うが、とりわけ虚空の鎖ではそういうことがあった。上の者たちはわざわざできないやつに絡んできたりはしないが、下の者同士は足の引っ張り合いやいじめが始まる。
同じ雑用同士の中でも「アイツよりはマシ」と序列を作りたがる。まだ愛嬌があったり、誰かに取り入ることができれば孤立はせずに済んだりするが、自分はそういう処世術をもっていなかったので、嘲笑と侮蔑の的だった。
「ともかく、セレスタは俺と正反対だった。でも、彼女は俺のことを決して馬鹿にしたりはしなかった。カウフマンの研究室で読書に没頭している自分のことを見ていたおかげか、一定の敬意を示してくれていたように思う。
仲良くなったきっかけは、そう、暗号理論についてたまたま話す機会があったから。俺は空き時間はそっちの本ばかり読んでいたからな。同年代の中では理論に関してはそこそこ詳しかったから、それで盛り上がったんだ。
そこからは、セレスタの方が積極的に声を掛けてくれるようになった。最初は、俺の方は彼女に邪険な態度を取ってたと思う」
「ふふっ、目に浮かぶようですね」
「……ここで話を終わりにするか?」
「あ、ごめんなさい! 他意はないというか、それでもその、なんか想像できてしまうといいますか……」
「まぁ、俺が人付き合いが苦手なのは、今に始まった話じゃないからな……本当は、悪い気はしてなかったんだ。同世代から肯定的に扱われることなんてなかったから。
ただ、どう対応すればいいか分からなかった……それでも、セレスタは俺に声を掛け続けてくれて、それで気が付けば……お互いに惹かれ合っていたんだ」
ちょっと話の流れとしては急だったとも思う。ただ、劇的な転換点があったとは記憶していない。単純に、一緒にいたから、次第にそういう関係になっていった――というのが正しいはずだ。
「……彼女との関係は、俺の方から内緒にしようと提案した。彼女は将来を期待されていたから、そんな娘に俺みたいなのは相応しくないから……もっとも、それに見合うように努力はしていたけれど、自分の神器を持てない奴は魔術師とはいえない。
彼女は俺の提案を渋りこそしたが、それで俺がいいならと、了承してくれた。関係性を知っているのはカウフマンくらいだったが……特に周りから祝福されていたわけじゃないけれど、それでも俺たちは幸せだった」
「……なんだか、素敵ですね」
アザレアは、どこか切なそうに微笑んでいる。その切なさの正体については考えたくはないが――自分が彼女を眷属にしてしまったが故の感情だろうから――ともかく、話を続ける。
「そんな幸せな時間を壊したのが、フェルノワールだ。アイツも、元々は鎖の魔術師だったんだが……加熱したソルヴェーニャ革命を止めるため、俗世に派遣され、そしてそのまま国盗りを始めやがったんだ。
アイツがなぜ虚空の鎖を襲撃したのか、その理由は分からない。だが、いえることは三つある。
一つ、アイツが虚空の鎖を襲撃した後、革命によって使い手のいなくなっていた神器デュランダルを扱えるようになっていたこと。二つ、アイツが虚空の鎖を襲撃したとき、大災厄が大陸を襲い、最初の爆発が連鎖的な自然災害を引き起こし、そして塩の大地が出現したということ。
そして三つ目……俺自身が、炎の中で笑うアイツを見たってことだ」
そう、確かに見た。あの男は部下だけをけしかけたわけではない。あの日、確かにヴィンセント・フェルノワールは結社にいたのだ。そして、あの襲撃の後に最も利益を得たのは、間違いなくあの男である。神器デュランダルと、地下資源が豊富な天然の要塞である塩の大地を得たのだから。
今伝えた内容に疑問があったのか、アザレアは首をかしげて「あの」と声を上げる。




