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1-58:虚空の鎖 上

「セレスタは、俺のすべてだった。この世界が存在する意味は、全て彼女が存在するから……そう言っても過言じゃなかった」


 そこで、一度言葉を切る。彼女のことを話すのに、その前段の理解があった方がいいかもしれない、そう考えたのだ。


「さっき、虚空の鎖の名前は出したな。知っているか?」


 こちらの質問に対し、アザレアは首を振った。それなら、ここから説明を始めることにする。


「虚空の鎖は、フェルノワールに滅ぼされた秘密結社の名前だ。結社といっても、その加入は任意でないし、去る者は決して許されない……その目的は、古い神々が遺した遺物であるエルダーファクトを蘇らせることにある」

「蘇らせる……? どういうことですか?」

「エルダーファクトの起動には、生体認証の登録とそれに合わせた起動キーが必要になる。みだりに神器を使わせないため……たとえばセクトが滅びた後に他の集団に奪われて活用されることを避けるための処置だ。

 イグノートゥスが直に人にエルダーファクトを授ける場合には、起動キーと併せて信者にそれは下賜される。また、同じ遺伝子情報を持つ一族は、最初に与えられた起動キーで神器を発動させることが可能だ。帝国に滅ぼされるまでの王族や有力貴族は、先祖より引き継いだ神器を後ろ盾に絶対的な力を振るい、各々領地を統治してきたんだ。

 それで、もしも一族以外が神器を使おうとするなら、もしくは起動キーが失われた状態でそれを起動しようというのなら、神器に遺された暗号を解読する必要がある……それを解読するための集団が、虚空の鎖だったんだ」


 そこで言葉を切り、シュライクに目配せをする。この辺りの説明は、コイツの方が適切なはずだ。


「我らイグノートゥスは、元来言葉や文字という情報媒体を持たない。遥かの太古、人の尺度から見れば気の遠くなるような昔、まだ我らが肉体を持っていた時代もあったのだが……それらの生物はテレパシーを送る感覚器官を進化させており、言葉なく自らの意思を同族に伝えることができたからな。

 だが、他の知的生命体たちは、多くの場合は言葉なくして意思を伝えることができない。それ故に起動キーには言語が用いられることになった。

 そして起動キーに使う言語は、この世界で使われているものと別のものにする必要があった……主が言っていたように、みだりに他のセクトの信者に起動させないためにな。

 そこで選ばれたのが、我らが記録してきた歴史の中にある、異世界の言語だ。ここではないどこかの世界で使われていた言葉を起動キーにすれば、みだりにエルダーファクトを利用されることを防げると考えたのだが……ついて来られているか?」


 ポカーンとした表情で話を聞いていたせいだろう、シュライクが眠たそうにしている生徒をけん制する先生の態度を見せると、アザレアはハッとした表情でうんうんと首を振り始める。


「は、はひ! 大丈夫です!」

「……だそうだが?」


 シュライクからバトンを渡され、改めて自分がアザレアへの対応を始める。


「まぁ、気にするな。俺だって、生体認証だとかなんとか、そのあたりはよく分かってないしな」

「ほっ……そうなんですね。すいません、正直に言うと、お話が難しくって。ただ、なんとなくはついていけてると思います。この世界の言語でないどこか異世界の言語が、神器を蘇らせるのに必要、ということなんですよね?」

「そこが分かっていれば十分だ。それで、その異世界の言語を解読するために、虚空の鎖はある手段を利用した。それが、異空同位体……かつてその異世界の言語を利用していた前世の魂を呼び寄せるという手段だ」

「前世の魂を呼び寄せる、ですか……そんなこと、可能なのですか?」

「可能だったから、俺が居るんだ。虚空の鎖の創設者であるナジーム・アル=アラクは、ある時にとある邪神と契約し、神器《エルダーファクト》カルマの鏡を賜った。

 その神器は鏡に映る者の前世を引き出すというものだ。それも徹底していて、鎖の魔術師たちが保管している未解明のエルダーファクトを解読する能力を持つ者だけを引き寄せる効果がある……つまり、結社の候補者を探す以外には、何の役にも立たない神器だ。

 アラクは今から千年前の人物で、生涯子供を持たなかったが、彼自身の手によってカルマの鏡を起動するための完全な手順書が作成されている。それで、鎖の魔術師達は日夜、神器の収集と解明、そしてそれができる魂を持つ人物を探し回っていたんだ……滅びるその日まではな」

「そうなのですね……でも、記憶があいまいであまり学のない私が言うのもなんですが、それだけの集団だったらもっと有名であってもいい気がしますが……」

「虚空の鎖は、俗世に影響力を持つなかれ。アラクの言葉だ。彼は神器の持つ歴史的な価値に重点を置いていたのであって、あくまでも神器の保存と解明が集団の使命だった。だから、原則としては山奥にこもっていて、世間に出ることはない。どれだけ強力な神器を保管していてもな」


 一応、俗世において凄まじい災害が起こった際や、あまりにも世界のバランスを壊すような暴君が現れたような場合にのみ、影ながらそれを平定するために専用の神器を使いこなせる魔術師を派遣するケースは――それが結社の資金源でも――あった。


 また、同数以上の神器を保管し、あわよくば破壊を試みる教会の勢力が、虚空の鎖の最大のライバルであったが――それをわざわざアザレアに説明しなくてもいいだろう。

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