1-55:復讐の理由 上
フィオナが連れ去られたという場所は、第六階層から第七階層へ下ってからそう遠くない場所にあるらしい。ちょうど先日、フィオナと共に三人と一柱で辿り着いたジョウント装置が、第七階層へ続くのに最も近い場所であるのは幸いだった。
第七階層へと続く長い階段の前には、モンスターが群れている地帯があった。過去形なのは、すでにそこを突破したからである。やる気十分のアザレアが、恐ろしい勢いで殲滅してくれた――先ほど別の覚醒者と一戦交えてきたというのに疲労の気配も見えず、その動きはいつも以上にキレているといっていい。幾ばくかは傷も負ったはずだが、たったの数時間でそれらも完治しているらしい。以前にミドガルズオルムと戦ったときもそうだったが、凄まじい再生能力を持っているというのを改めて認識させられる。
そして、只今は、第六階層から第七階層へ続く長い階段を下っている最中である。煉獄の階層同士をつなぐ階段は、階層の外周から外周へ続く螺旋階段として構成されている。それも一層一層の高さは数百メートルを優に超えるので、下手すれば千段以上にも及ぶ。
なお、この煉獄は地中深くに存在しているのにもかかわらず、本来地下空間が受けるべき影響をほとんど受けない。それこそ、本来地下に進めば進むほど高温になっていくだとか、空気は淀んでいくなどの影響が出てくるはずだとかあるはずだが、古の神々が残したエーテルなどの作用の影響で、地上と同じように活動できる。
さて、階段のある空間の広さはそこそこで、人が数人並んで同時に降りられるほど。ここも壁から放たれるエーテル光によって薄明るく、少なくとも足元が見えないほどではない。また、万年の時を経ているにもかかわらず、階段も壁も傷もなく健在であり、草木も植生しないことから、生物がここに陣取っていることもほとんどない。
要するに、冗長な階段が延々と続く、ただただ移動に疲れる場所なのであり、一度だけ通過したらジョウント装置で行き来できるようになるため、二度とは使われない場所なのである。
そんな場所だからだろうか、長い沈黙を破って、横を歩くアザレアから声を掛けられたのは。
「あの、ご主人様……ご主人様の目的って、何なのでしょうか?」
「まぁ、このクソ長い階段を下りている間は退屈だからな……しかし、今話さなきゃならないことか?」
「その、ご迷惑でなければ、今聞きたいです。ずっと気になってはいたのですが……きっと、フィオちゃんがいるときには聞かない方が良いことかと思いまして」
確かに、今が丁度良いタイミングかもしれない。いや、あまり余計なことを考えると、気分の浮き沈みはあるかもしれないが――少なくとも、フィオナがいないタイミングで話しておくべきというのは間違いない。
「……復讐だ。虚空の鎖を襲撃し、大切な人……セレスタが死ぬ原因を作った奴を殺すことが、俺の目的なんだ」
なるべく、落ち着いた声で話したつもりだ。だが、どうしても彼女のことと復讐の相手を思い出すと、心の中がぐちゃぐちゃになってしまう。それで、アザレアも気圧されてしまったかも――その証拠に彼女は閉口し、困ったように眉をひそめているのだから。
「軽蔑したか?」
「いいえ、そんなことは……それでその、復讐の相手は誰なのですか?」
「ヴィンセント・フェルノワール……この塩の大地を支配している帝国の皇帝だ」
「それは……」
アザレアは言いかけて、すぐに「なんでもありません」と口をつぐんだ。果たして「それは難しいのではないか」と言いたかったのか、「それはアナタの自己満足にしかならない」と言いたかったのか、どちらかは分からない。
ただ、沈黙は正解である。どちらを言われても、自分は彼女に対して怒りをあらわにしてしまったことだけは確かだろうから。
そしてややあってから――言葉を吟味していたのだろう――アザレアから再び声があがる。
「その……一つ分からないことがあります。復讐が目的というのなら、ご主人様はどうして煉獄の探索をしているのでしょう?」
「それに関しては、我輩から答えよう」
今は自分の肩に乗っているシュライクがそう答える。そもそも、煉獄の最下層を目指すべきと提案してきたのはコイツだ。シュライクから答えた方が誤解もないだろう。
「貴様の疑問はもっともだ、女。結論から言えば、急がば回れ……強力な力を手に入れて、それを復讐の刃にしようと、我輩が提案したのだ。
別に復讐を遂げるというのなら、皇帝の居所に乗り込むとか、遊説中の暗殺だとか、さまざまな手段があるはずだ。主自身もそう考えていた……しかし、皇帝を倒すというのには、どうしても厄介な障壁がある。
それは、フェルノワール自身の持つ神器である王剣デュランダル。この剣は、およそ千年間の歴史を誇ったソルヴェーニャ王国の宝剣であり、持ち主に対する攻撃に対して絶対なる防御を展開する。それも、悪意のレベルで発動するので、まずはこの神器を超える攻撃力、ないし無力化する手段が必要になる。
他にも、帝王の首を狙うというのなら、奴を護る帝国軍や、それらを纏め上げる帝国大元帥など、障壁は多い。それら全てをねじ伏せるだけの絶対の力、それがこの煉獄の最下層に眠っているのだ」
「その、最下層に眠る力とは、なんなのですか?」
「様々にあるが……たとえば、神魔大戦において封印された私の本体。元々は聖典の信徒である貴様には、百貌の王だとか、蛇だとかというのが馴染みがあるかもしれないな」
「そんな……異教の王ではありませんか!」
「我輩からすれば、聖典の神だってイグノートゥスの一柱に過ぎない。それも、神魔大戦にすら参加せず、後からこの星に来て、成果をかすめ取った狡猾な奴だ……まぁ、この千年の影響力を考えれば、ある意味では聖典の神こそ真の大戦の勝者といえるかもしれないがね」
シュライクは一度言葉を切って、その一つしかない目で――あくまでも依り代の形相でしかないが――遠くを見つめた風で続ける。




