1-54:捕らわれの少女を追って 下
「しかし、どうして七層なんぞに向かってるんだ?」
下っていくエレベーターの中で、ローブ姿のアザレアの方へと問いかける。正確には、その肩に乗っている人形にだが――さすがに夜半に炭鉱や煉獄に向かうものは少ないため、割と堂々と会話ができる――どうやら先ほどの襲撃の間に、二人の間に僅かばかりの友情が芽生えたらしく、今は彼女の肩に乗っている形だ。
「考えられる可能性の一つとしては、コルネリウスの研究室とやらが第七階層にあるということ。小娘をどうするとしても、一旦はアジトに帰れば奴らとしても安全だろうからな。
だが、先ほどの小娘と六番の会話から察するに、恐らく研究所は別の場所にある……だから、別の狙いがあるのだろう。我輩としては、一応そこに向かった理由は推察できる」
「その理由は?」
「第七階層には、かつて崇められていたとある邪神の領域がある。私を撃ってきた一柱の領域がな。研究所に何故戻らないのかは謎だが、そこは襲撃者たちにとってはこの帝国領内で最も安全な場所といえる。それで、そこを選んだのだろう。
そのイグノートゥスというのは、かつてはこの塩の大地で讃えられていた炎の神。しかし奴は一万年前の神魔大戦において、ポプリスタ側に立って戦った一柱だ」
「強いのか?」
「強さの定義によるが、物理的な意味合いでいうのなら確実に上位に属する。炎を操るというシンプルな能力であるからこそ、真正面から敵対するのは骨が折れることだろう」
「そんな強力な一柱が、どうしてコルネリウスに与しているんだろうな」
「さぁてな、そこまでは知らんよ……私のように力を削がれて人と契約をせざるを得なかったか、はたまた別に奴なりに目的があるのか。
だが、奴と戦うとなれば、命を捨てる覚悟が必要だ。奴の領域ならばその眷属たちもいると考えるのが妥当だし、先ほどもらった一撃は一万年前のものと何一つ変わらなかった。それだけではない。先ほど説明したように、他にも小娘とは別の胚がいるのも厄介だ。
そうなれば、小娘を諦めるというのも選択肢として入ってくるだろう……リスクに対して、リターンが見合わないのだからな」
シュライクの非情な意見に対し、アザレアは一瞬何か言いたげに口を開いたが、すぐに閉じてこちらを見てくる。こちらの意見に従うと、そういうつもりなのだろうが――助けに行きたいという感情は表情から隠しきれていない。
さて、一旦アザレアの気持ちは置いておいて、どうするべきか考える。ここまで降りてきて引き返すというのも馬鹿らしくはあるが、シュライクの言うことには一理ある。そもそも、自分はアオートの胚が欲しかったのであり、フィオナが欲しかったわけではない。
一応、最下層の封印を解くためのパーツとしての機能はあるらしいが、それも追々別の手段を考えることもできるだろう。他に代替手段がないのなら、シュライクがそう言ってくるはずだ。つまり、フィオナは必須のパーツというわけではない。
それに、フィオナの身内が彼女を迎えに来たというのなら、無理に連れ戻すなどというのは余計なおせっかいになる可能性もある。だが――先ほど拾った銃のことを思い出す。もし彼女が身内の来訪を喜んだのなら、きっと撃鉄は降ろされていたはずだ。
「いいや、奪い返しに行くぞ」
「ほぅ? しかし、敢えてもう少し付け加えさせてもらえばだ。あの小娘は胚としては不完全だ。仮に体よく奪い返せたとしても、果たしてその後にメリットがあるかはわからん。
それにもう一点、小娘は父親の元に帰ることを望んでいたはずだ。今は研究所にいる訳ではないようだが、そのうち小娘を連れて戻る可能性も考えられる。それを奪い返しに行くのは、あの子の本意に反すると……その可能性は考えないのかね?」
「それはもう考えた。それに……質問に質問を返すが、あの子は自分の意思で刺客とやらに着いて行ったのか?」
「いいや、気絶させられて担がれていったよ」
「それなら、行く価値はある。もしフィオナが二度と俺たちのところに戻りたくないというのなら、退いたっていいが……そうでないならな、俺はアイツに色々と投資をしてるんだ。
それに、約束させられたからな。次も連れて行ってほしいって。あんなに向こうから念を押されたんだ、頑張ってもらわなきゃ困る」
「ふっ、そうかね」
「反対か?」
「私の本心がどちらであっても、主がやるというのならやるしかない。だがまぁ、こと今回の件については、我輩も舐められたままでは癪だからな。奴らに泡吹かせてやりたいというのが本音だ。
奴らの居場所なら任せてくれ。先ほどバレたようで土片は剝がされたが、奴らがどこに行くか見当はついている」
「珍しく気があったな、案内を頼むぞ。それで、アザレアは……聞くまでもなかったな」
そう、聞くまでもないことだった。彼女は自分とシュライクのやり取りを、何度も頷きながら聞いており、そして自分の決意を後押しするように、「もちろんです」と微笑みを返してきたのだから。




