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1-53:捕らわれの少女を追って 上

 アパートの付近までたどり着くと、辺りは喧騒に包まれていた。遠目にもわかる。自分の部屋の壁に大穴が開いていると。


 辺りのやじ馬からは「ガス爆発か?」とか「いや銃声が聞こえたらしい」とか「熱線が発射されるのを見た」だとか様々な憶測が交錯している。どれが本当で、どれが嘘なのか分からないが――ひとまず中へと戻らなければ。


 アパートの入り口辺りには、ひどい人だかりができていた。扉の前には肩から血を流している住人が何人か、それに大家の婆さんが警察に何か話しているのが見える。まだ救急隊員や消防などは来ていないようだが、それでも正面から入るのは得策ではなさそうだ。そう思い、裏口の方へと足を運び、そこから慎重に侵入する。


 外の喧騒に対し、建物の中はシンとしている。生きている住民は外に逃げたし、物言わなくなった者は廊下に転がっているせいだろう。頭を撃ち抜かれている亡骸を脇に廊下を進み、神器の柄を握りながら三階まで上り、開け放たれたままになっている自分の部屋へと足を踏み入れる。


「あっ……ご主人様……」


 凄惨な現場で生きている影はただ一つ、衣服をぼろぼろにしたアザレアが、何ともおろおろしているだけだった。それ以外は、玄関付近に転がる五体ほどの石像と、アザレアの足元に転がるぼろぼろの上半身――土で作られたシュライクの疑似肢体が横たわっていた。


 「ごめ」まで出かかったアザレアの言葉を、「静かに」というジェスチャーで制止し、静かに彼女の元まで歩みを進める。そのまま膝をついてほとんど原型をとどめていない土人形の側に寄ると、元々口があったであろう場所から聞き馴染みのある声が聞こえだす。


「ふむ、予想よりは三十秒ほど早かったね……一生懸命走ってきたようだな」

「あぁ……それで、状況は?」

「見ての通り、王の居城は破壊しつくされ、姫は悪い魔物に奪われてしまった……従者としては名折れだな」

「いや、アザレアとお前がいてどうにもならなかったのなら、相当な奴が来たんだろう」

「流石我が主、寛大にして聡明で助かるよ」

「ご苦労だった……が、いつまで遊んでいるつもりだ?」

「なんだ、つまらん。こんなにぼろぼろになってまで抗戦した我輩の努力を称えてほしかったのだがね」


 それだけ言い残すと、人形はその形を失い、立ったままになっていた下半身もろとも土へと還った。


「それで、フィオナはどこに連れて行かれたんだ?」

「あの、それが、どこへ連れて行かれたのかは、全く分からなくて……」

「いや、俺はそいつに質問している」


 立ち上がり、アザレアの肩に乗っている木偶人形を指さすと、それはこちらの肩へ飛び移ってきた。


「仕込みは上々だ。気づかれるまでは、足跡を追うことができる……どうやら奴ら、煉獄へ向かったようだ」

「なんでそんなところに向かっているのか意味不明だが……まぁ良い、俺たちもさっさと向かおう。今ならまだ、裏口からこっそり出られる。アザレア、準備はいいか?」

「す、少しだけ待ってもらって大丈夫ですか? 動きやすい服に着替えてきたいのですが……」

「分かった、急いでくれ……ローブを忘れないように」

「は、はい! すぐに!」


 アザレアが個室で着替えている間、まずは秘蔵にしていた霊薬を床下収納から取り出す。これは、以前にアトラク・ナクアを倒したときに教団が秘蔵していたもので、身体の治癒能力を極限まで高めてくれる効果があるらしい。


 あとは、ぼろぼろになっている室内を見渡す。なかなか気に入っていた場所だし、これらの収集品を――とくに暗号解読に関する名著は長年かけて集めたものである――手放すのは惜しいが、こうなっては仕方がないか。


 そんな中、ひとつ気になるものが落ちており、拾い上げて様子を確認する。それは、フィオナの拳銃。撃鉄は起きているが、弾丸は一発も撃たれてはいない。撃つ間もないままやられたか、はたまた撃てないような相手が来たのか。


 その辺りのこともシュライクに聞けば確認できるだろう。ゆっくりと撃鉄を降ろしてそれを上着に仕舞い、着替え終わったアザレアと共にアパートを後にする。


 移動中に共有されたことは、主に以下二点。一つは襲撃者に関する情報であり、原典派たちを退けた後にもう一人の胚と、それに与するイグノートゥスが来襲して、シュライクはイグノートゥスの力によってやられたこと。


 そしてもう一点は、その襲撃者たちがどこへ移動しているのかに関する情報である。実はこういったことがいつ起こってもいいように、シュライクの分霊を僅かな土片に宿して、フィオナの衣服に忍ばせておいていたのだ。


 それは他のイグノートゥスにも感知されないほど微細な霊力であり、かつその主であるシュライクだけはどれほどの距離が離れていても――それこそ地中深くに潜られても――追跡できる代物である。


 シュライクによれば、襲撃者たちは煉獄の、それも第七層へと向かっているらしい。大人二人と少女一人という怪しい構図で――それを堂々とやってきた自分が言うのもなんだが――ゲートを通過できるとは思えないのだが、どうやら襲撃者たちは第二階層でエレベーターを降り、その後はこの遺跡をよく知る者しか知らないジョウント装置を利用して、一気に第七階層へと飛んだようだ。

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