1-52:オーバー・レイルズ、アンダー・ザ・ブライトスター 下
「……なんだと!?」
男は鐘楼から落ちないようにするため、なんとかふんばってギリギリの角で足を止める。しかし、手に持つはずのあの重い感覚がない。いや、それどころか腕より先の感覚がない。振り返れば、女は短剣を振り上げた姿勢を解いており――男の足元を、かつて彼のものだった右腕が、勢いそのままに武器ごと鐘楼の角から落下していった。
「これで、証明されましたね……余計な邪念があるうちは、どれだけ力が強くとも、私を超えることはできないと」
女は刃を一振り、再び大鎌に編みなおすと、ゆっくりと男の方へと歩みを進める。逆に男の方は腕を切断されたことを自覚したことで生じた痛みに、思わずその場に膝まずきながら絶叫を上げる。
苦しみもがく男の首に、冷たい刃が当てられる――だが、女は冷たい瞳で、ただ見下ろしてくるだけだ。
「くっ……こ、殺さないのか……?」
「それは、アナタ次第……条件が二つあります。一つは、アナタの持っている薬を私に渡すこと。もう一つは、もう二度と私たちを狙わないと誓うことです」
「だが、それは……」
「もし組織に戻れないリスクを考えるなら、薬は半分でも構いません」
命には代えられないと判断したのか、男は残った左腕をローブの内側に入れ、薬の入った瓶を取り出し、その蓋を口で開けて半分ほどの錠剤を自分の手に落とした後、中に半分ほど薬の残った瓶を女の方へと差し出した。
アザレアはそれを黙って受け取ると、男の首から鎌を外して一歩、二歩と後ろに下がる。男は女を恨めしそうに睨んでから、背後を向けて鐘楼から跳び降りた。
建物を跳び移って遠ざかっていく男の背中を見送ってから、一部始終を見守っていたシュライクが、肩から離れてアザレアの前で滞空する。
「良いのか? アレは確実に付け狙ってくるぞ」
「それならそれでいいのです。私の目的は、一刻も早くフィオちゃんの元に戻ることであって、無闇に人を殺すことではありません。何より……」
「貴様ら覚醒者が、何故通常の人間以上の代謝と筋力を持ちながら、その身が保たれているのか……納得したよ、その薬で体を保っているのだな? それで、ゼロワンとやらは、籠の中にいなければ、と貴様を脅してきたわけだ。
だが、それならそれで、殺して全て奪えばよかったのではないか?」
「いいえ、追ってきてもらうことには意義があります。追ってこられた回数分だけ、薬を調達できるという算段です。もっとも、あと一度はあっても、二度はないと思いますけれど」
「策士だな。とんだポンコツだと思っていたが……主や小娘の関わらないところでは、その限りではないということか。まぁ、そうでなければ百年以上も戦い、生き残ることはできなかったのだろうからな」
「……そういうことなんでしょうね」
アザレアは寂しそうにそう言いながら、男から受け取った瓶を袖の中に入れた。そして近くを飛ぶ木偶人形の方を見て口を開く。
「シュライク、一つだけお願いがあります。薬の件はどうか、ご主人様とフィオちゃんには内緒にしておいてほしいのです」
「無駄な心配を掛けたくないから、か? しかし、貴様には随分と無礼な態度を取られたからな」
「ごめんなさい、でも……」
「いや、構わん。今回の件で、なかなかどうして貴様にも興味が湧いた。貸し一つということで手を打とう」
「アナタに認められることが嬉しいことかは分かりませんが、黙ってくれることに関しては礼を言います。それで、今の状況は?」
「アパートの襲撃者どもは既に倒した。後は貴様と主が小娘のところに帰れば……ぬぅ!?」
いつも余裕のシュライクが、珍しく驚いた声を上げる。それで、アザレアも気づく。主人かフィオナかどちらかに――恐らくはフィオナの側に――何か緊急の事態が起こったのだと。
「シュライク、どうしました!?」
「問答している時間も惜しい! 行きすがら話すから、早くアパートへ戻るぞ!」
「分かりました! 飛ばしていくので、アナタは私の肩へ!」
シュライクが肩に乗ったのを確認してから、アザレアは全速力で来た道を引き戻し始める。背後が、何か騒々しくなってきているが――尖塔を破壊したせいで、人が集まってきているらしい。
「あぁ、大事になってます……弁償しろ、とか言われたらどうしましょう!?」
「ふぅ……先ほどの氷の刃のような貴様が本物なのか、それとも今のようにポンコツな貴様が本物なのか。なかなか飽きないな、貴様もな」
ここから1章後半戦です。
もしよかったら、ブックマークや★評価で応援していただけると嬉しいです!
作者の励みになりますし、今後の更新の力になります。




