1-51:オーバー・レイルズ、アンダー・ザ・ブライトスター 中
「ゼロツー……百年も戦い続けて、今もなお最前線にいる生ける伝説。その貴様が何故に、そのような木っ端の邪神にいいように扱われているのだ?」
「アナタもゼロワンも勘違いしているようですが、私の主はこれではありません」
「……なんだと? では、どこの……」
男が言い切る前に、アザレアは武器を分解し、槍に組み替えて力強く突き出す。対する男は先ほどと同様に、双剣を交差させ、その先端を止めた。
「キサマが鞍替えしたのがどこの馬の骨であったとしてもだ! 聖典の神を裏切った貴様は、永久に地獄の炎に抱かれるが定めだ!」
「永久の地獄なら、とうに味わってきました……覚醒者としての闘いの日々こそ、まさしく終わりのない辛苦であったのですから。それに……もしそれ以上の苦しみがあったとしても、私は今大切に想っているものを、手放すつもりはありません」
アザレアは再び武器を解体し、男と同じように双剣へと再構築して、それを手に男の懐へ潜り込もうと前進する。互いの剣戟がぶつかりあう。その剣閃は、どちらも力強い。一度打ち合うごとに、周囲の大気が大きく振動するほど――しかし、優勢なのは男の方である。一撃の重さも、速さも、どちらも勝っているのだ。
それ故に、男は勝てると踏んでいた。時間も稼ぎ、同時にアパートから距離も離したため、既に目的は達したともいえる。あとはこの女を倒せば大金星であると――しかし、徐々に男の顔から余裕が消えていく。
自分の方が勝っているはずなのに、どうしてか後一歩のところで届かない。男の刃は確かに女の皮膚を裂き、髪を断ち、衣服を割いているが、そのどれもは浅いだけで、致命的な一撃を与えることがどうしてもできないのだ。
それどころか、徐々に状況が変わり始めてきている――防戦一方だったはずの女の動きが、徐々に鋭くなってきている。男の方が優勢だったはずなのに、気が付けば攻撃を受ける機会が増えてきている。
(動きが読まれ始めているというのか!?)
男はようやくその事実に気づいた。女は単純に押されていただけではない。男の動きを観察し、癖を読んでいた。確かに男の方が力は強い。だが、技量という観点で言えばどうであろうか。女は男の動きに合わせて動きを最適化し、最小限の動きで攻撃をいなし、より避けにくい角度から攻撃を繰り出してきているのだ。
今など、もう少し反応が遅れたら脇腹を抉られていた。テンポを変えなければ――男がそう焦るほどに、女の攻撃は勢いを増していく。たまらず、一度距離を取るため、男は教会の鐘楼の上へと跳び退いた。この教会は、旧教会のもの――原典派にとっては、神は聖典の中にのみ存在する。だから、偶像の一種たる鐘楼を踏みしだいたとて不信にはあたらない。
同時に、女の方も対になる鐘楼へと跳び乗った。彼女の場合、その信心はいかなるものであろうか――ただ一つだけ言えることは、彼女も男と同様に、本来なら神聖といわれるその場所を踏みしだくことに躊躇がなかったということだけである。
「あれこれ言わずに、本心を言えばいいのです……私のことが気に食わないのでしょう?」
「ふっ……そうだよ、その通りだ! 覚醒者としての施術のレベルは、この百年で飛躍的に向上したんだ……貴様のような初期型が、未だに最強と謡われているなど、納得がいかん!」
「それで私を倒して、自分の方が上だと証明したいというのですね? 確かに、アナタは力強く、速く、鋭い……まさしく、若き血潮に燃え滾っているといっていいでしょう。ですが……」
女はそこで言葉を切り、武器を編みなおし、巨大な鎌を構える。その眼は暗く、その心は見えない――ただ冷静に、次の一撃で瞳に映る敵対者を断ち切らんと、力を溜めているようだ。
「そんなアナタに、老人からあげられるアドバイスが一つだけあります」
「……なんだ?」
「余計な邪念があるうちは、私を超えられるとは思わないことです」
「貴様ぁ!」
女の言葉に、男は跳び出さざるを得なかった。侮っていた相手に侮られたことが、そのプライドを傷つけたからである。女としては、別に侮ったつもりもなく、ただ本心を言ったに過ぎないのであろうが――だが、その心の未熟さすら、女は読んでいたのである。
男の方は中空で二つの刃を分解し、女の持つ鎌ごと貫くために巨大な槍へと編みなおした。どれだけ動きが読まれようと、力が勝っている点だけは変わらない。それなら、全力の一撃で片を付けるだけだ。
だが、そこで男としては予想外のことが起こる。迎撃の構えを取っていたはずの女は、構えていた武器を急遽解き始めたのである。そしてわずかに身を翻して男の突撃を躱した刹那、二人の間の空間を引き裂く線が走った。




