1-50:オーバー・レイルズ、アンダー・ザ・ブライトスター 上
フィオナがアパートで苦悶している一方で、アザレアは現れた覚醒者の男を追う。仮面の男はアザレアから距離を取るようにアパートの屋上を移動していき、時折振り返って迎撃する様子を見せる。男はアザレアとつかず離れずを維持しており、どちらかというと時間稼ぎをしているという印象だ。
アザレアは少々焦りを覚えていた。このまま時間を稼がれれば――さらにいえばアパートから距離を離されれば――不利になるのは自分であるからだ。
現れた原典派たちの一番の目的はフィオナを連れて行くこと。自分の始末は二の次だろう。シュライクがフィオナを護ってくれるとは言っていたが、土人形でどこまでできるかは不透明。そうなれば、アパートから距離を離されるほど、いざというときの動きが取りにくくなる。
本気を出せば、男の方がスピードそのものは速いのだろう。その証拠に、直線を走っているときは距離が広がる。アザレア側にできることは、足場とする建物を選んで男よりもショートカットをするなど、細かいテクニックを駆使し、少しでも間合いを詰めるよう努めることである。
しかし、男はどちらへ向かっているのか――はたまた、どちらへ誘導されているのか。いずれにしても、あまりに男の思い通りにさせては不利になる。アザレアとしては、そろそろ状況を打開しなければならない。
いっそ戻るという選択肢も女の脳裏をよぎるが、それでは今度は自分が背後から狙われることになる。一度追いだしたのなら倒すしかない。
男は西側へ向かっているようで、そちらは学術区になる。夜ならば人も少なく、行動もとりやすい。そろそろ仕掛ける――女はそう決断し、得物を大鎌へと変形させ、それを足を止めないまま全力で投擲する。
覚醒者の膂力で投げ出されるそれは、音速すら超えて射出される。音の壁を越えた衝撃で辺りに轟音が響き渡る。とはいえ、男の方も攻撃を予見しており、わずかに身をかがめることでそれを回避した。
だが、女の狙いは攻撃を直撃させることではなかった。仮面の男がそれに気づいたのは、再び距離を取ろうと正面に向き直った瞬間だ。進路上にあった尖塔が女の鎌で破壊され、それが破片を散らして男へと襲い掛かってきたのだ。
こうなれば、男の方も足を止めざるを得ない。球体を巨大な盾状に変形させ、飛散する破片から身を護る。だが、アザレアの意図は足止めだけではなかった。女は武器と繋がる糸の微細な動きで鎌を引き寄せ、それが戻る勢いのまま、男の方へと飛来する。同じ覚醒者たる男はその動きまで読んでおり、盾を槍に変えて弾き飛ばすが――これだけの時間、足を止めさせられたのだから、それは女の接近を許すには十分だった。
女は建物を跳び越える瞬間、引き寄せた大鎌を中空でキャッチし、それを先端に巨大な鉄球のついたモーニングスターへと変形させ、そのまま思いっきり振りかぶった。男は空中で軌道を微妙に変化しながら飛来する鉄球を避けきることはできないと判断したのか、得物をまた盾に変えて構え、同時に横に跳ぶことでその衝撃を上手く吸収して、腕が砕けるのを防いだ。
男の体は高架線を跨いで反対側に飛ばされ、そして二人の間を奥から貨物列車が走っていく。列車が連なるコンテナのせいで男の姿は見えなくなるが、彼女にとっては問題はない――目で見えなくても、彼女は視覚以外も総動員して敵の気配を感知することができる。
どうやら男は列車に身を隠して元来た方角へ戻りはじめている。後ろから奇襲をかけるつもりなのだろうが、アパート側に戻れるから好都合だ――アザレアは男の動きに合わせて戻り始めると、小さな物体が飛来してきていることに気づく。
飛来してきたそれは、ここ数日の間ずっと見ていた木偶人形である。男の側としては見えないよう、ちょうどコンテナの影になるような高さで飛んできているが――それはすれ違いざまに器用にも女の肩に留まった。女もそれを振り払うことなく、しかし振り落とされんばかりの速度で男の背中を追い始める。
「思いのほか、手間取っているんじゃないかね?」
「シュライク。フィオちゃんはどうしたの?」
「案ずるな。我輩はあちらこちらに分霊を分けられる。こちらの人形で来たのは、主や小娘と連絡を取るためだ」
「なるほど……それで、ご主人様はどうされてるのですか?」
「今、全力でこちらへ走ってきている。あと十分もあればアパートに着くだろう」
「了解です。私は、それよりも前に片づけなければいけませんね」
アザレアはそこで言葉を切ると、追いついた貨物列車の先端部分で跳び、煙突が吐き出す黒煙を切り裂きながら、反対側を走る男へと大鎌を振り下ろす。男の方はまさか並走されているとは気づいていなかったのだろう、突如上から現れた女の姿に驚いたようだが――それでもなんとか反応しきり、球体を双剣へと変えて、ど真ん中から両断されるのを寸でのところで防いだ。




