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1-4:邪神イグノートゥス 上

 遺跡の中の状況を端的に表すなら、凄惨の一言である。煌々(こうこう)と揺らめく松明に照らされるのは、黒ずんだ液体や臓物、そしてほとんど原型をとどめていない生物の成れの果てだった。


 セクトを潰す一般的な方法はこれだ。イグノートゥスを崇拝する者どもを残らず殲滅すること。イグノートゥスは触媒なしに現世に介入できないので、信徒を全滅させれば影響力を持てなくなるからだ。


 イグノートゥスというのは、この宇宙を裏から操る神々の総称だ。厳密には神というより、邪神だとか上位存在だとか言った方が正しいか――生物の信仰を食い物にし自らの本懐を為す、エゴの塊のような存在である。


 邪神共は、多くの場合に自らの信者を化け物へと変える。それらは眷属と呼ばれ、邪神の力の一部を継承した特性を持つ。邪神共は眷属を使い、他の邪神達の信徒と争い、自らの勢力を広げていく。これが最小の場合はセクトとか言われるし、大きくなれば教会、領邦、国家などと言われるようになる。


 なお、イグノートゥスが眷属として取り込むのは人間ばかりではない。獣や虫などの動物はもちろん、植物ですら操ることが可能だ。意思をもたない生物や思考力の低い動物などは信奉させることができないので、最初から眷属として取り込むことが多い。


 さて、以上のルールに則ってみるに、今回のセクトは全ての信徒を眷属として取り込んでいるようだ。長らく外界と接点のなかった地下迷宮においては「人」という種族がほとんど存在しなかったことから、ここの邪神は主に地下独自の生態系を自らの眷属として、化け物だらけのセクトを構成したのだろう。


 そんな眷属どもの亡骸の断片を見るに、半分は蛇やヤモリのような爬虫類型や昆虫のような節足動物で――どれも巨大化していてグロテスクだ――残りは臓物を持たないような土人形、いわゆるゴーレムと呼ばれるようなものだが、その残骸がまき散らされている。


 しかし、そのどれもが既に物言わぬ屍どころか、圧倒的な力で飛散した塊と化している。男たちの武器が銃だったのを鑑みるに、「責任をもって全滅させる」の言葉通り、恐らく大半どころか、ほぼ全ての眷属をあの女が例の球体を武器に変形させて倒していっているようであった。


「いやはや……とんでもない力だな」


 肩に留まっている木偶人形が、辺りの惨状を見ながら感心したように呟く。


「お前から見ても、覚醒者とやらの力はとんでもないか?」

「うむ。我輩が観測してきた歴史上、この星の技術力において、これほどの殲滅力を一個人が持つとはにわかに信じがたい。あの女個人で邪教を一つ壊滅させられるというのも、あながち嘘でもなさそうだ」


 確かに、これだけ生物が原型をとどめない程に強い力で得物を振り回しているなどと考えたら、やはりあの女の戦闘力はとんでもないものだと言えそうだ。アレと目的の物を奪い合うことを考えると頭が痛いが――ひとまず、後れを取らない程度に、かつ後を追っているのを悟られない程度に移動を進める。


「……ちなみにだが、この遺跡はなんなんだ?」

「興味があるのかね?」

「まぁ、多少はな」

「ふむ……以前に、この地下迷宮の説明はしたな? それは覚えているかね?」

「さすがにな。一万年前に大規模なイグノートゥス同士の抗争があった……その時に封印された都市なんだよな、ここは」


 自分で見たわけでも体験したわけでもないが、確かにこの場所は存在する。そうなれば、コイツの言い分や学者共の調査のうち、全てが正しいわけではなかったとしても、幾分かの真実が含まれているのは確かなことだろう。


 今から十二年前、大規模な海底火山の爆発があった。その結果として浮上してきたのがこの地下迷宮を内包する絶海の孤島、通称「塩の大地」である。


「……大陸と比較して限られた面積しか持たなかった塩の大地は、土地を活用するのに地下へとその手を伸ばしたのだ」

「あぁ。第一階層が都市、第二階層が工場、第三階層から第五階層には地下資源があって、第六階層以下には神々がまつられる神殿が建てられていたんだよな? そして、この地下に続く広大な空間の総称が……」

「そう、煉獄だ」


 これらの階層は、今もこの地を支配する帝国によって同様に扱われている。第一階層は居住区、そして第二階層は帝国の軍事工場と同時に民間の工場が立ち並び、第三階層は鉱物資源の採掘場として活用されている。四層以下はまだ未開拓の領域が広く、モンスターが生息しており、安全とは言い難い。


「この遺跡は何だという質問に対する答えだが、これは一万年前に建てられた神殿の一つだ。以前には母なる神が祀られていたはずだが、今は別のイグノートゥスが根城にしているようだな……眷属達の様相を見るに、恐らく土や石の属性を持つイグノートゥスが、元の神が居ないことをいいことに、自らの根城として活用しているのだろう。

 ここは荘厳で神秘的な雰囲気を保つため、わざわざ石造りで造られた神殿。新たに根城にした神としては、ここは相性も良いのだろうな」

「ここを現在根城にしているのは、お前も知っている神なのか?」

「その可能性は極めて低い。一万年前にこの地を治めた神々は最深部に封印されているか、その力の大半を奪われたまま外の世界へ放逐されたか、はたまたそもそも裏切ったかのいずれかだ。

 恐らく、現在ここを根城にしているのは、後から偶発的にこの地に発生してしまった後発のイグノートゥスだろう……君が先日捕らえた、蜘蛛のイグノートゥスと同様の存在だろうね」

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