1-3:アオートの祭壇にて 下
「……皆さん、武器を下ろして。そして、ハルトさんの……この人の物を返してあげてください」
「ゼロツー?」
女の行動に対して、男たちは困惑し始めた。もちろん、自分もそうだ。こいつら、仲間じゃなかったのか? それなら、ゼロツーと呼ばれた女としてもこちらを排除するのは自然なはずだが。
男たちも動揺しているのか、仲間内で互いに目配せをしながらも、動揺した様子が見て取れた。だが、若い男は銃を突き出したままだ。それを見て、女は更に説得を続ける。
「私がこの人の動きを止めたのは、セクトの一員の可能性があったためです。その疑惑はもう晴れましたし……私達の目的は別にあるでしょう?」
「だが……」
「……これ以上この人に酷いことをするというのなら、私が代わりに相手になります」
女が先ほど懐にしまっていた球体を再び取り出す。女の本気を見て取ったのか、ようやっと若い男も銃を仕舞い、別の男もこちらの荷物を足元の方へと投げ出した。
「だが……我々の姿を見られたからには、このまま放免というわけにはいかない」
「そ、それなら……任務が終わったら、ハルトさんにも一緒に付いて来てもらうのはどうでしょう? こんな危ない所に独りで来られる実力がある訳ですし、きちんとお話しして協力してもらえば、とても心強い味方になってくれると思うんです」
「素性の分からない者を、招き入れるわけにも……」
若い男の言葉を、年上の方が肩に手を置いて遮った。無言のまま中年は首を振っている――若い方も得心したように、ようやっと銃を懐に納めた。恐らく、後でいくらでも殺す機会はあると、そんな風なジェスチャーだったに違いない。
逆に本当に意味が分からないのはこの女だ。男たちは諦めたように遺跡の方へと歩き出し、女だけは自分の前に立ってぺこぺこと頭を下げている。その態度や先ほどの声色からは悪意を一切感じられない。仕事が終わったら、こちらを連れて行けばいいと、本心から思っているような気配である。
「あの……ごめんなさい、突然襲い掛かって。私のせいで、大変なことになって……」
「謝るくらいならやるんじゃないと言いたいところだが……逆の立場なら同じようにしただろうし、アンタが謝ることじゃない。それより、縄をどうにかしてくれないか?」
「あ、あの、それはちょっと無理と言うか……その、大丈夫です! ここに来るまでの怪物は全部倒してきましたし、もう近辺に気配はありませんから。
それに、この先の眷属も私がちゃんと責任をもって全滅させるので、当面この辺りに危険はないはずです!」
「そういう問題でもないと思うんだが……」
「と、ともかく! すぐに戻ってきますから! アナタとは、ゆっくりお話をしたいので……ですから、少しここで待っていてください!」
女はそこで踵を返し、男たちの背を追って走り出した――と思いきや、すぐさまこちらへ振り返り、「あの!」と声を上げた。
「……なんだ?」
「あの、あの……アザレアです!」
「はぁ? 何が……」
言いたいんだ、というこちらの言葉を聞く前に、女は再びこちらに背中を向けて走り去っていった。こんな場所であんな大きな声を上げるのは得策ではないように思うが――などと思っていると、やはり懸念が当たったのか、向こうでドンパチにぎやかな音が鳴り響きだした。
「……なんなんだ、あの女?」
後に残されて、思わずそう独り言ちる。最初に見た時は恐ろしいやつだと思ったが、行動は意味不明だし、なんだか話していると気が抜けるような感じだった。鬼神のような動きと性格との落差のせいで、本当に訳が分からない存在である。
「もしかしたら君、あの女と知り合いなんじゃないかね?」
ふと、アイツの声が聞こえる。今度は脳裏でなく、直接耳に入った。声の方を見やると、手のひらサイズほどの木彫りの人形が宙に浮かんでいる。コイツが現世で動くために使っている依り代で、大きな一つのギョロ目と小さな羽、それに小さな尻尾を持つ、黒く塗られた人形だ。偵察から戻ってきて、アイツらと鉢合わせないようにこっそり戻ってきていたのだろう。
「どうだろうな。仮面をしてたから顔は分からなかったが、ひとまず思い当たる節はないし……何より、あんなわけわからん奴だったら、忘れもしないと思うが」
「まぁ確かに、あれだけ挙動不審なら仮面をしていてもすぐに分かりそうなものだ。一応、知り合いならば君を庇ったのも納得できるとは思ったのだがね」
「それより、あの女の体捌き、異常だった……何か知らないか?」
「恐らく、覚醒者だろう。私も噂にしか聞いたことは無いが……原典派の誇る人体実験の成功者。凄まじい筋力と再生能力を持ち、その継戦能力は単独にてセクトを壊滅させられるだけの力があるという話だ」
「原典派はそんな連中を何人も抱えているのか?」
「自分で言うのもなんだが、私ですら噂程度にしか聞いたことが無いというのが実情だ。今日、実際にあの女を見るまではその存在を疑っていたくらいだ……恐らく、成功した被験体はそう多くはないのだろう。
それより、いつまでそうしているつもりだね?」
「アイツらと十分に距離が空くまで待ってたんだよ」
胸元に意識を集中させる――衣服の下に、首から下げているネックレスがある。それは古の魔術師が邪神の力を封印し、使役するために作った魔術書でもある。今から使役するのは、長らく書に封印されていた一柱だ。
「深淵の縁より目覚めよ、盟約の一柱……切り裂け、イクストル!」
盟約の名を告げると、手元の縄が裂ける音と共に手首が自由になる。そして自由になった手で腹に巻かれている縄を握り、もう一度その名を告げると、三本の爪撃がロープを切り裂いた。
「ちなみに、撃たれたらどうするつもりだったんだ?」
「こうするつもりだったさ」
立ち上がりつつ、自由になった手の中指を僅かに引くと、今度は辺りの空間に幾重もの黒い筋が姿を現す。急な襲撃に備えて、ちょっとした刺激で起動する、蜘蛛の巣状の罠を足元に張っていたのだ。
高い強度と粘度を持ち、弾丸すらも容易に弾くことができる、邪神アトラク・ナクアの糸――これで銃弾を防ぎつつ、奴らの足元をからめとってやろうという算段だった訳だ。
「なるほど、用意周到だったわけだ。その割には無様に捕まっていたようだが」
「あの女が速すぎて、起動している暇がなかったんだ。それに、アイツらにセクトの頭数を減らしてもらった方が、俺も楽ができる。なるべく穏便に済ませたかったのは確かだ」
「それにしては、無駄に挑発していたではないか?」
「あんまり舐められるのも癪だからな……ともかく、結果オーライだ。俺たちも後を追おう。先にアオートの胚とやらを持ち出されちゃ、それこそ骨折り損のくたびれ儲けになる」
足元に投げられていた武器を拾い上げ、そのままゆっくりと奥にある石造りの遺跡へと歩みを進め始める。かなりの数の怪物とアイツらが交戦中だろうから、ゆっくりと後を追えばいい――あの女がいれば、それこそ簡単に後れは取らないだろう。
同時に先ほど言われたことが気にかかる。あの女、知り合いなのではないか――もう一度記憶の糸を辿ってみるが、やはり該当する情報は脳内に無かった。
要するに、先ほどの一件は、あの女がかなりの変人だと片づけるしかなさそうだ。そう思いながら、石畳を踏みしめて、目的の場所へ、目的の物を取りにと向かうのだった。
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