1-2:アオートの祭壇にて 中
「……んな!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまうのと同時に、靄の奥から凄まじい勢いで黒い影がこちらに迫って来ているのが視界に入る。しまった、今のはけん制か。驚いて反応が遅れてしまったが、なんとか武器を抜いて応戦しようとしたその瞬間、影は一気にこちらへ詰め寄り、再び空気が切り裂かれる音が聞こえ――そして、首筋にぴたりと冷たい感触が走った。
「……静かに、手を挙げてください」
首に得物を押し付けられては、言われたとおりにするしかない。無言のまま手を上げながら状況を整理する――目の前の襲撃者は顔に目鼻の形をかたどっただけの真っ白な仮面を付けており、黒いローブに身を包んでいて、何者かは一切分からない。
ただ、身長と先ほど聞こえた声から察するに――それにフードの隙間から飛び出る三つ編みを見るに――女と言うことだけは間違いなさそうだ。
その女との距離はそれなりに空いているのに、女の突き出した右腕から伸びる長い棒状の得物が、確かに首の真横にある。その冷たさは、首の後ろにも当たっているようだ。要するに、鎌状の長柄物を首に添えられており、おかしな動きを見せれば首が飛ぶぞと、そう脅しを掛けられているのだ。
こちらが手を挙げて抵抗の意思が無いことを――今はどのみちこうするしかない――示すと、後ろから遅れて二人の男たちが現れる。男と断言できるのは、女と違って仮面もフードも被っていないからだ。
「まさか、こんなところに人がいるとはな……」
「それも、独りで……なんだこれ、フランベルジュ? 剣にしては妙な形だな?」
「いや、もしかしたら神器かもしれんぞ? 何せ、こんなところに独りでいるのだ。ただ者ではないことは確かだろう」
ごちゃごちゃと言いながら、男たちはこちらの武装を解除していく。女に武器を突きつけられたままなので、抵抗もできない。腰につけていた銃と剣を奪い取られ、じろじろと物色されている最中、脳裏に愉快そうな笑い声が響き始める。
『ははっ、急なピンチではないか。大丈夫かね、君?』
『大丈夫なように見えるか?』
『あぁ、君なら大丈夫さ、信じているとも……さて、我が主のお手並み拝見といこうか』
身ぐるみをはがされる、まではいっていないので、まだ応戦はできなくもないが――抵抗するとしても、どう見ても目の前の女が厄介だ。刃物を押し付けられている状態で妙な動きを見せれば即首が飛ぶ。お手並み拝見と煽られてはいるが、今は大人しくしているしかない。
その後は折れた列柱の下に座らされ、あれよあれよという間にロープで柱に括りつけられ、ようやっと女の鎌が首から外された。そして女が鎌を空中に放ると、中空でそれは回転しながら細い繊維状に分解され、すぐに球体へと変形して女の手元にすとん、と落ちた。
「それで貴様、何者だ?」
声の方に視線を向けると、今度は鎌の代わりに銃口がこちらを睨んでいた。塩の大地ではあまり見かけない銃の型である――旧大陸中の品が集まるこの地で見かけない銃となれば、こいつらは新大陸の連中かもしれない。
「自己紹介するなら、まずは自分からって学校で習わなかったのか?」
「立場が分かっていないようだな。この先のセクトの者ではないようだが、貴様が怪しいことには変わりないんだ」
男は拳銃の撃鉄を起こす。相手の態度は気に食わないが、名前くらい明かした所で問題はないだろう。
「……ハルト。ハルト・ハードロック。出稼ぎの冒険者だ。発掘の許可証を見るか?」
「いいや、結構。塩の大地にいる人間の許可証に記載されている素性なんて、どうせ当てにならん」
「仰る通り。それで、なんて答えれば満足なんだ? 俺は怪しいものです、とでも言えばいいのか? 俺から言わせてもらえば、黒ずくめのアンタらの方が、よっぽど怪しいものなんだが」
拳銃を向けている男は忌々し気に舌打ちをし、突きつけられている銃口が更に近づいてくる。無駄に挑発してしまったとも思うが、唐突に襲い掛かられて縛り上げられてしまったのだから、こちらとしてもむかっ腹に来ている部分はある。
自分と男のやり取りでは埒が明かないと思ったのか、もう一人の男――銃を持っている男よりも遥かに年上のやつだ――が一歩前へと踏み出した。
「聞きたいのは、お前の目的だ……なぜこんなところにいる?」
さて、何と答えたものだろうか。ここは慎重に言葉を選ばないと、引き金を引かれるかもしれない。恐らく、目的は同じ。だがそれを叶えられるのは一組のみ。まぁ、こちらは一人なのに組もないかもしれないが、ともかくセクトを合わせれば、三つの勢力がお宝を狙っていることになる。
ちらりと、周囲を確認する。身体を縛られた状態でも、一応の打開策はある。だが、問題はやはりあの女だろう。あの身のこなしで襲い掛かられては、こちらが奥の手を切ったとしても勝てるかどうか――そう思いながら女の方を見ると、向こうもこちらを見ていたようで、仮面の下に僅かに覗く瞳とちょうど視線が合う形になる。
その眼からは、敵意は感じない。それどころか、こちらの視線に耐えかねたらしく、ふい、と横を向いてしまった。その後もこちらを気にしたようにちらちらと盗み見ては、目線が合うとまたそっぽ向くというのを三度ほど繰り返したタイミングで「おい、黙ってないで答えろ」という苛立たし気な中年の声が聞こえた。
「……輪廻の宝珠とやらがこの先のセクトに流れたって情報を仕入れてね。それを狙ってきた」
「貴様、それをどこで知った?」
「情報通と知り合いでね。そんなに出回っている話でもないとは思うが……もしかして、アンタらもそれを狙ってきたのか?」
「答える必要はない」
「つれないね。こっちは名前も目的も答えたってのに、こっちはアンタらが新大陸からきたってくらいしか分からないんだからさ」
そう言うと、男たちの態度が硬化したようだった。かまをかけただけなのだが、どうやら正解のようだった。
銃口を突きつけられたまま、男たちは小声でやり取りを始めた。わざわざ聞き耳を立てて言葉を拾うまでもない、ここで殺してしまった方が早い、などということを相談しているに違いないのだから。
こちらとしても、今ここで果てるわけにはいかない。命が惜しいわけではないが、命を賭してやらなければならないことがある。数では劣るし、縄に掛けられている以上はどうあがいてもこちらが不利だが、やるしかない。
男たちも方針を固めたのか、少し距離を置いて、そして武器を構えていなかった中年の方も、ローブの切れ目に手を当て始める。わざわざ人一人を殺すのにハチの巣にしようというのは穏やかじゃないと思うが――こちらも奥の手を切るための準備に移行する。
そして、男が銃を抜こうとした瞬間、自分たちの間に一陣の風が走った。女がこちらを庇うような形で――こちらに背を向け、両腕を広げている――割って入ってきたのだ。




