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1-1:アオートの祭壇にて 上 〔一九一五、アシュヴェール十五日〕 

 鋭い頭痛に耐えながら、手元の懐中時計に眼を落とす。アイツが飛び立ってからちょうど三分が経ち、長針と短針がきっかりと真上を指した。顔を上げると、一つの建造物が視界に入る。石造りのピラミッド型で、この地下空間にあるにしては、あまりに巨大な建造物だが、それが仄明るい空間に浮かんでいた。


 この空間は昼も夜もない。昼とも夜ともつかない明るさが常であり、僅かに霞がかったように空気がよどんでいる。遥かな太古に封印されたこの地下迷宮は、現世のことわりでは言い表し切れないことが起こる。


 内壁が放つ燐光が空間内のエーテルに――靄がかかっているように見えるのは高濃度のエーテルのせいだとか――反射しているという説明は聞いたことはあるが、細かい原理はよくわからない。


 ともかく、そろそろ一報があってもいいころだと思うのだが。そう考え、いつもしているように、偵察に向かわせたアイツに念話を送ることにする。


『様子はどうだ?』

『いるよ、うじゃうじゃとね』

『報告になってないぞ。どれくらいの数がいるんだ?』

『二十から先は面倒なので数えていないが、目視できる範囲でざっとその三倍はくだらない。それが、外にも、中にも……感じる気配を勘定すれば、優に百は超える。

 君の実力を疑っているわけではないが、流石にこれほどの規模のセクトを一人で相手にするのは、骨が折れるだろうね』


 コイツはいい加減な曲者だが、無為に嘘をつく奴ではない。あの建物には百を超えるような化け物どもが徘徊しているというのは、間違いないことなのだろう。


 ボスさえ倒せれば雑魚はかなり無力化できる。それ故にセクトを相手にする場合は静かに潜入し、敵が固まっている場所は避け、個別か少数の敵を各個撃破しながら進み、そして大物を封印する。今までの自分の戦い方はこうだった訳だが、今回の規模感で試したことは無い。つまり、警告されたように、かなり骨の折れる作業になりそうだ。


『目的のぶつは、絶対に必要なものなのか?』


 そう問いかけたのは、無駄なリスクを避ける選択肢を視野に入れるためだ。そもそも、セクトの壊滅などは然るべき連中がやれば良いことである。危険なセクトを壊滅させれば、この島を管理している帝国の連中から恩賞が出るケースもあるし、自分の場合は戦力の補強になりうる。そういった意味では、全く無駄と言うわけではない。


 だが、自分はセクトを潰すために地下迷宮に籠っているわけではない。そも、目的そのものは地下迷宮に潜らずとも達成できるものだ。それでも危険を冒しているのは、その目的を達成するのに力が必要だから。


 命を担保に冒険をしている以上、天秤の傾きが危険側に大きく寄るというのであれば、今回のリスクは避けるというのも選択肢には入りうる。


 そう考えていると、脳裏に再びアイツの声が聞こえ始める。


『全ての事に関して、絶対に必要と言うことはない。他の手段を考える、代替できるだけの何かを探す、諦めるなど、取れる手段は無数にあるのだからな』

『煙に巻く言い回しをするんじゃない。もう一度聞くぞ? 今回の物は、俺の目的を達成するのに絶対に必要な物なのか?』

『ならば、こちらも言い方を変えようか。君の目的を直接達成するモノではないが、少なくとも大きく前進させるモノである、とね。

 君は私の事を信用できないと考えているだろうが、こちらにも目的はある。それが交錯している限りは、君に不利益があるようなことを提案したりはせんさ……まぁ、そもそも今回の話が眉唾であったというのなら、骨折り損のくたびれ儲けになるだろうが』

『……目的の物、なんて言ったっけ?』

『情報をくれた女は輪廻の宝珠だと言っていたが、呼称などというものは時と場所によって変わり得るものだ。ただ、その特徴から、恐らくはかつてはアオートの胚と呼ばれたモノ……この迷宮の最下層の封印を解くのはもちろん、君の戦い方にもあって損はない代物だ』

『それだけじゃピンと来ないな。具体的にはどう役に立つんだ?』

『百聞は一見に如かずと言う。見た方が早いと思うのだがね』


 コイツはこんな風に、いつも人をけむに巻く話し方をする。しかし、コイツがここまで言うのなら、役に立つ物であることは間違いないことなのだろう。


 課題は、どうやって一人で百を超える化け物どもを相手にするかだが――。


『……流石に、独りでやるのに限界が来ているのではないか?』

『そうは言うがな……俺はなんて自己紹介すればいいんだ?』

『簡単さ。堂々と言えばいい。魔術師、それも鎖のですと。一目置かれるぞ?』

『だから、独りでやってるんだろうが。目的のために、目立ちたくはないんだ。それに……』

『元、を付けろというのだろう? 細かいことを気にするね、君は……まぁ、君の言い分も理解はしている。折角死んだことになっているのにわざわざ目立ちに行くこともないし、生半可な冒険者と組んだところで、そいつらが足手まといになるだろうしな。

 ただ、独りのせいで第六階層で数か月も足踏みをしている。さらに深い階層に踏み込むには、限界が来ているのではないかと思ってね』

『誰かさんが協力してくれれば早いんだがな』

『はは、そうは言うが、私を書に封印したのは他ならぬ君だ。そんな小生に出来ることと言えば、こうやって使い魔として偵察をすることがせいぜいだよ。

 ところで、なんだが……君、背後に気を付けた方が良い。何者かがこちらへ向かってきているようだぞ?』

『……なんだと?』


 岩場の陰で振り返り、身を隠しながら自分が先ほどまで歩いてきた道の方を覗き見る。視界はおよそ数十メートルは確保できるのだが、ひとまず自分の方では何者の気配も手繰ることは出来ない。


 しかし、アイツの方が自分よりも遥かに気配の探知には長けている。そもそも、自分が一人で地下迷宮を歩き回れているのは、アイツが正確に敵の位置を知らせてくれるから。奇襲は受けないし、同時にこちらは常に少数の敵を狙うことができるからである。


『セクトの歩哨が戻って来たとかか?』

『ここからは正確なことはわからんが、眷属ではないな。やつらは気配で分かる……ともなれば、どうやら君と同じ人間だろう』

『ということは、アオートの胚とやらの噂を聞きつけてきた冒険者か?』

『可能性としてはそれが自然だろうが、第六階層まで来れる冒険者となれば相当な手練れだろう。さもなくば、眷属と化していないこのセクトの信者か……まぁ、こんな深層にあるセクトに入れ込む人間がいるとは思えんが』


 会話をしながらも、警戒は怠らない。仮にこちらへ近づいて来ている連中が化け物でなかったとしても、友好的とは限らないからだ。とくに通常の冒険者が寄り付かないような深層ならば尚更。それなりの装備に身を固めているのが普通だし、事故に見せかけて金品を奪って去る連中だって存在する。


 そうなれば、一旦やり過ごしてしまうのが良いか。手練れであればこそ、先に行かせればこの先のセクトの頭数を減らすこと位はしてくれるだろう。かなりの猛者でセクトを壊滅まで追い込むほどであるのなら、後から追いかけて目的の物だけかすめ取って行けばいい。


 我ながらなかなか下劣な手段とも思うが、そもそもここはそういう場所であるし――何より、目的のために手段は選んでいられない。


 そう考え、息をひそめて身をかがめようとした――その瞬間、空気を裂く音と共に、こちらの首筋の僅か横を鋭い何かが掠めたのは。

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