1-48:五番と六番 上
「ようこそ、地獄の一丁目へ。良い夜だ……ゆっくりしていったらどうかね?」
どこか妖しい色香をまとった声は、すぐに銃声によって掻き消えることになった。それも一発や二発でない。襲撃者たちが各々持っているであろう様々な炸薬が発火する音が、リズムの合っていない音楽を奏でる。こんな中でテーブルから顔を出せば、即ハチの巣にされてしまうだろう――ただ拳銃を握る手に力を込めて、嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
シュライクは「貴様の出る幕がないように努める」と言っていたが、音だけ聞いているとされるがままになっているようだ。思い返せば、シュライクが戦っているところなど一度も見たことがない。
邪神なのだから何かの力は持っているのだろうが、ハルトに従っているようだし、もしかしたらそんなに力がないのかもしれない。
最後の発砲が終わった後、薬莢が床を叩く音が聞こえる。シュライクが戦えないのなら、ここから自分が状況を何とかするしかない。そう思ってテーブルの縁から硝煙の香る室内に視線を向けると、そこにはローブに身を包んだ襲撃者たちが、空になっているにもかかわらず、動揺したようにカチカチとトリガーを引いている姿があった。
それは、アレほどの銃弾を浴びたにも関わらず、男が不気味な笑い声をあげているせいであろう。所々穴が空いてしまっていて向こう側が見えるほどではあるが、先ほどとまったく同じ立ち位置で肩を揺らしており――正面から見たら、きっとゾッとするような笑みを浮かべているに違いない。
「くっくっく……あいさつ代わりに発砲とは。まったく、乱暴が過ぎるね」
「こいつ……デミゴッドか!?」
「そんな大層なものではないが、依り代に宿るという点では似たようなものか……さて、鉛球の礼だ。今度は私の歓迎を受けてくれたまえ」
言葉と同時に、開けられた穴から何か黒い粒子が放出され始める。それは、こちら側には来ず、シュライクを取り囲んでいる男たちの方にのみ漂い始め――まずいと思ったのか、襲撃者たちは入ってきた扉の方へと引き返そうとするが、無様に転んでしまう。見れば彼らの足元には何かの糸が絡まっており、それで互いの足が繋がれ、上手く動けなくなっているようであった。
「な、なんだこれは!?」
「身体が……動かない……!?」
驚愕の声を上げる男たちの身体を見ると、徐々にローブの色が黒から灰色になっている。あれは、身体が石化しているのか。それも瞬時でなく、徐々に、というのがある意味では恐ろしい。
男たちは「助けて」とか「やめてくれ」とか叫んでいたが――その様相が恐ろしくて、思わず視線をそらしてしまう――そして徐々に声を上げることもできなくなったようで。恐る恐る様子を確認すると、五つの石像が出来上がっていた。
「胚の力が使えれば、もっと面白いショーにできたのだがね……まぁ、主の住処を無駄に血に染めるのもなんだしな。もっとも、こんな壁もなくなった部屋に継続的に住もうと思えばの話ではあるが」
「シュライク、大丈夫なの……? あ、穴が空いてるけど……」
「先ほどこの体ができるのを見ていなかったのか? これは、主が契約したイグノートゥスを又借りして作った土の身体だ。腕が千切れようが首が跳ぼうが、何の問題もない」
「……全員やったの?」
「どうだろうな。まだ伏兵がいれば別だが、ひとまずこちらへ向かってきている気配はない……おっと」
シュライクはこちらに背中を向けたまま右手をぶらぶらとさせたが、先ほどの銃弾で関節が脆くなっていたのか、コートごと肘より先が床に落下した。それは、床に落ちた衝撃で土へと還る――守ってくれたのはありがたいものの、確かにこれなら彼自身にダメージもなさそうだ。
ひとまず物音も落ち着いたようなので――手の中にある銃の撃鉄は起こしたままだ――立ち上がってコート姿の横に並ぶ。改めて見ると、石化した苦悶の表情を浮かべている男たちの石像は痛々しいものがある。
「……この人たち、どうなるの?」
「早めに解呪の術で治せば問題ないだろうが、遅れれば後遺症が残るだろうし、数日放置されればそのまま死ぬことになるだろう。あとは、原典派どもがこいつらをどうするか次第だ。
さて、これからどうしたものかな。主と女と合流するまで、どこかに身を隠すべきか……!?」
突如、壁の大穴の方から赤い光が煌めく。そして熱線が飛来してきて、土の身体を貫通し、そのまま床を焼く。シュライクがお腹に大きく空いた穴を残った左手でなぞると、もはや接合部分に支えられるだけの力がなかったせいか、そのまま上半身が下半身から分かれて床に落ちてしまった。
「この一撃は……この感じ、懐かしいな」
「今の一撃は……まさか!?」
「……ほぅ?」
シュライクは側頭部を床に当てたまま、興味深そうに口元を吊り上げる。
「成程、小娘……貴様が知っているといっていたイグノートゥスだが、意外と我輩も知っているものかもしれんな。ほら、迎えが来ているようだぞ? どうやら、息がぴったりの二人組のようだ」
土人形が顎で指した先には、先ほどの襲撃で開けっ放しになっている玄関の扉がある。二人組のうち、片方がここに向かってきているということか――敵の気配に敏感なアザレアやシュライクが気付けなかった相手ということは、もしかしたら事前に近くで潜伏していたなどの理由があるのかもしれない。
もう、自分しか戦える者は残っていない。そうなれば、自分が迎撃しなければ。しかし今の一撃が勘違いでないのなら、恐らく自分の知っている人物か、ないし自分の関係者がこちらへ向かってきている可能性が高い。それなら、お父様の元へと帰れるかもしれない。
でも――ここ数日のことを改めて思い出す。ハッキリと、私の短い人生の中でも、最も優しい時間だったとも思う。アザレアは勿論だが、ハルトとだって口は悪いけど性根まで悪い、という感じではない。シュライクは結構悪辣だが、博識で面白い部分もあるし、先ほどなど自分を守ってくれた。
それに、なによりも――帰れるとしても、果たして本当にあの研究室に戻ることが、自分にとって幸せなことなのだろうか?
どうするべきか、決断しきらないでいるうちに、来訪者は階段を登り切り、そして玄関から堂々と中へと侵入してきた。その者は、半分は予想通り、半分は予想外の相手だった。




