1-45:アザレアの気持ち 下
そんな風に思っていると、また横から「それに」と声が上がる。
「たらればの話は分からないけれど……もしご主人様が私のことを眷属としていなかったとしても、きっと私はあの人に惹かれていたと思うの」
「うぅん……どこがそんなにいいの?」
「全部! って言いたいところだけど……私にもよく分からないわ。もしかしたら、私がご主人様の眷属だから、この気持ちを好意と勘違いしているだけなのかもしれない。でも……やっぱり、あの人に惹かれるのに理由なんてない。理屈じゃないの」
そう語るアザレアの顔は、すごく綺麗だった。「全部」といったときのあどけなさ、「理屈じゃない」と言い切る意思の強さ――でも最後に浮かんできたのは、どこか儚さを覚える悲しい笑みだった。
「でも、ご主人様の中には、大切な誰かがいるから……私は側にいるだけでいいの」
「でも……それって、辛いことじゃない?」
「いいのよ。私、今すっごく充実しているの。それはね、アナタも大いに関係あるのよ、フィオちゃん」
「……私?」
「えぇ。ご主人様とフィオちゃんを支えることが、今の私の生きがいなの。私はおばあちゃんだし、もう自分の夢とか、やりたいこととか、そういうのは思い出せないのだけれど……それならそれで、大好きな二人の幸せのために働けるなら、この上ない幸せだわ」
「……私のこと、好き?」
「もちろん! フィオちゃんも頭が良くて一生懸命で可愛らしくって、すごく応援したくなっちゃうんだもの!」
「……ハルトとどっちが好き?」
「うぅ……そういう質問されちゃうと、おばあちゃん困っちゃう……」
意地悪な質問だということは分かっていたのだが、それでもどうしても抑えられなかった。私は、自分がアザレアの役に立っているとは全然思っていない。むしろ足を引っ張っているとすら思う。
アザレアは優しいから、自分に気を使って好きといってくれているだけに違いない。だから、間違いなく彼女が好きであろうハルトと比べさせることで、反応を見たかったのかもしれない。それもやはり、アザレアを困らせるだけという結果に終わった――困らせるだけなら、聞かなければ良かった、そう思った。
アザレアの方はしばらく困った表情で押し黙り、「でも」と話題を切り替える。
「ちょっとびっくりしたわ。その、私の態度は分かりやすかったのかもしれないけれど、それでもフィオちゃんに気持ち、バレちゃってたなんて」
「私が人のこと好きっていうのが分かるのは変?」
「変じゃないけれど……やっぱり、そういうことって経験がないと分からないものかなぁって思って」
「私には、本物のフィオナの記憶があるから」
「えぇっと……つまり……昔のフィオナちゃん、恋をしてたの!?」
「そういうわけじゃない。ただ、本を読むのは好きだったから……そういうお話も読んでいただけ。本物のフィオナは、身体が弱くて……外に出ることもほとんどできなかったから」
フィオナが恋をしたことがなくても、疑似的な経験はたくさんしてきた。正確には、その疑似的な経験の記録を持っている、というだけだが。だが、知識さえあれば類推することはできる。
オリジナルのフィオナは外に出られない代わりに、本当に多くの書物にあたっていた――科学的な知識でいえば三百年前のもので少々古臭くはあるのだが、人文学の観点ではその限りではない。
三百年程度で人の情緒が根本から覆っているわけでもないので、そういった意味ではフィオナの莫大な読書経験から、人の心の機微をある程度は推測することはできる。
もちろん、実体験を伴わない頭でっかちといわれればそれまでなのだが――人のよいアザレアは、フィオナが病弱だったという事実に心を痛めたのか、なんだか辛そうな表情を浮かべている。
「私たち、ご主人様のことだけじゃなくて、お互いのことが全然わかってなかったわね」
「そうかも……私もアザレアとハルトの昔のこと、全然知らない。でも、アザレアは記憶喪失なんだよね? 昔のこと、全く思い出さないの?」
「なんとなく、少しずつ思い出してきてはいるわ。ただ、どちらかというと最近の記憶というか……私が何者で、どこから来たのか、そのあたりは相変わらず駄目なの」
「そうなの? でも、最近のことでもいいから、アザレアのこと聞きたいな」
「うぅん、あんまり楽しい記憶じゃないから、できれば話さないでおきたいんだけど……逆に、私はフィオちゃんのことをもっと知りたいわ」
「私は……」
そこで返答に窮してしまい、室内に少々気まずい沈黙が訪れる。アザレアが話したくないのと同じように、自分もあまり話したいわけではない。フィオナのことを話すことはできても、私自身のことを話すのが難しいのだ。
そう考えれば、きっとハルトだって、自分のことを話したがらないのではないか。自分たちは不思議な因果で集まったけれど、みんなそれぞれ、悲しい過去を持っている。なんだか、それって寂しい気もする――そんな風に思っていると、突然アザレアとシュライクが同時に顔を上げ、窓の方を見た。
「二人とも、どうしたの?」
「フィオちゃん、伏せて!」
言葉とほぼ同時にアザレアが覆いかぶさってくる。直後、建物が震えるような轟音が響き――自分を守ってくれていた重みがなくなり、ソファーから身を起こすと、破壊された壁の側に立つローブ姿の人物と、それと対峙するアザレアの姿があったのだった。
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