1-44:アザレアの気持ち 中
「シュライク!? ハルトと一緒に出掛けたんじゃ!?」
「そうともいえるし、そうでないともいえる……まぁ、普段貴様らの前に現れている人形がここにあるという意味合いでは、一緒に出掛けなかったともいえるな。
ただ、我輩の本体は主の魔導書の中にある。ここに宿っているのは、その欠片に過ぎんよ」
要するに、シュライクは別に人形に宿っているというわけではなく、分霊を依り代に外界に影響を持っているだけ、といったところか。
最初は予想もしていなかった出現に驚いてしまったが、こうなってはシュライクに色々聞いた方が早いだろう。眷属だと言われたアザレアなど、「どういうことでしょう?」と首をかしげているので、事情としてシュライクの方が詳しいのは間違いない。
「それで、アザレアがハルトの眷属ってどういうこと? ハルトは人間だから、眷属を持つなんて不可能なはず」
「だが、主は我輩を筆頭に、邪神を配下に付けている。それなら、眷属を持つための術を教えられた……といえば、可能性はあるのではないかね?」
「そんなことができるの?」
「目の前の女がその証拠だ。まぁ、一応主の名誉のためにいえば、眷属としなければその女は発狂したまま死んでいたのだ。
今も正気かと聞かれれば怪しいが、主がその女を無理矢理に眷属にしたことで、一応意識のようなものを持って活動できているというわけだ」
「そんな……アザレアはいいの?」
木偶人形から床に座っているアザレアに視線を移すと――呑気に洗濯物の折り畳みを再開している――質問に対し、彼女はまた「なぜ?」といった調子で首をかしげる。
「だって……アザレアは意識を操られてるってことになる。確かにハルトは悪い奴じゃないとは思うけれど、それでも自分の心が自由にできないって、辛いことじゃない?」
「ご主人様は別に私の心を操ったりはしていないと思うけれど?」
「それもそうかもしれない。でも、大前提として、アザレアはハルトを神様のように思い込むように刷り込まれてる。だから、ハルトがやることに疑問を持てない……だから、そうやって、ハルトの言うこと、やることに肯定的になる。
もし、アザレアがハルトの眷属になってなかったら……きっと、好きになってないと思う」
今の言葉は、言ってから少し後悔した。もしかしたら、アザレアが怒るんじゃないかと思ったから――好きって感情を否定されるのは、辛いことかもしれないから。
ただ、自分はどちらかといえばアザレアが好きだし、彼女には幸せになってほしい。彼女に母性を感じているというのは冗談ではなく、本心である。
母親のことはオリジナルのフィオナの記録にもないものだが、それでも――母というのは優しくて、暖かくて、いつでも自分の味方をしてくれる、そんな存在だと思うから。アザレアみたいな人が母になってくれたら、それは嬉しいことだと思うから。
アザレアが本当に本心からハルトのことが好きだというのならとやかくいう気もないのだが、意図しない主従関係を――シュライク曰く仕方のない事情があったようだが――結ばされているのなら、それはそれで違うと思うのだ。
アザレアはどう答えるだろう、そうびくびくしていると、彼女はまた一瞬だけ驚いたように目を見開いて、しかしすぐにいつもの優しい微笑みを浮かべながら立ち上がった。
「ありがとう、フィオちゃん。フィオちゃんは、私のことを心配してくれてるのよね? でも、私は大丈夫よ」
洗濯物を片したアザレアは、そのまま自分の座るソファーの横に腰掛け、変わらぬ調子で語りかけてくる。
「フィオちゃんの言う通り、私はご主人様を神様のように刷り込まれているのかもしれない。だから、あの人のやることなすことを肯定的に見てしまっているのかもしれない……でも、本当にそうかしら?」
「……え? でも、私から見ても、アザレアはかなりハルトに肩入れしていると……」
「そういうわけじゃなくってね。私、何度かご主人様の方針に、意見を出したりしているの。だからね、そんなに心を縛られてるって思わないのよね」
「そうなの?」
「えぇ。むしろ、最初はご主人様に、好きに生きてくれて構わないって言われたの。それを、私がご主人様についていきたいから、無理を言ってお側に置いてもらったくらい」
言われてみれば昨日の件だって、アザレアとハルトは意見が割れていた。もしアザレアが本来の眷属と同様ならば、主の意見には絶対に服従のはず。
「その女は、普通の眷属とは違う。主に対して、絶対服従しているわけではない……我らがイグノートゥス同士を完全に屈服させられないのと同じように、人が人を完全に眷属にすることは不可能なのかもしれん」
スカートの上でふんぞり返っているシュライクから補足が入る。シュライクまで言うのなら、ある程度は事実なのだろうが――ただ、絶対服従という枷が幾分か緩いだけで、眷属だからこそ主人の側にいたいという想いが出ていることには変わりはないのではないか。




