1-43:アザレアの気持ち 上
ハルトが出かけてから、アザレアはずっと気もそぞろな様子だった。ご飯を食べているときもぼーっとしていたし、洗い物をしているときも心ここにあらずといった様子で、食器を落としまくっていた。幸い、皿は落とさずにフォークやスプーンなどを落としていただけなので割れることはなかったのだが、それはそれである意味では器用とも思う。
恐らく、彼女がうわの空である理由は、ハルトに置いて行かれてしまったからだろう。電報に書かれていた名前は男性だったようだが、もしかすると外で女性と会っているなどと疑っているのかもしれない。時々「疑ったらダメ!」とか首を振っていたので、まぁ碌な想像はしていないに違いなかった。
「……ねぇ、アザレア。アザレアはハルトのどこが好きなの?」
取り込んだ洗濯物を畳んだり開いたりしてボケっとしているアザレアに対し、そう疑問を投げかけてみる。思えば、ずっと疑問だった。アザレアのような美人が、ハルトのような男に付き従っている理由は、惚れている以外に考えられないからだ。
別に、ハルトを悪い奴といいたいわけではない。口も態度も悪いし、変なバンダナを巻いていてセンスも悪いと思うのだが、自分のために稼いできてくれて惜しげもなく武器や服を買ってくれたし、また怪我をさせてしまっても責めてくることもなかった。
何より、昨日のこと。結局眠れず、ハルトとアザレアと話しているのを盗み聞きしていたのだが、あのときのハルトの言葉の中には温かいものもあった。だから、未だに胚の力を使うのは怖いけれど、もう少し頑張ってみようと思ったのも確か――色々と思い返せば、ハルトにも良い部分があるのは事実だ。
ただ、それだけではアザレアがあそこまで惚れこんでいる理由にはならないとも思う。アザレアはこの街のことも知らなかったようだし、なんなら水道やガスの使い方も知らなかったのだから、アザレアもつい最近――なんなら自分と同じタイミングで――ハルトに拾われたのは明白である。
そんな短期間で、ここまで惚れこむのは少々異常だ。ハルトがいない今なら聞きやすいだろう。そう思って質問してみたのだが、肝心のアザレアはこちらの言葉を咀嚼するのに時間が掛かったようで、しばらく口をあんぐりさせており――そしてややあってから、顔を真っ赤にして全力で首を横に振りだした。
「なななななな、何を言っているのかしらフィオちゃん? もちろん、ご主人様として尊敬はしているけれど、それはあくまでも主従的な意味合いであって、私は、そんな、ご主人様を異性として好きだなんて出過ぎた真似は……」
「私、異性としてなんて言ってないけれど。でもそんなに動揺しているのが何よりの証拠。というか、誰がどう見てもバレバレだと思う」
こちらの追撃に対し、アザレアは手に持っていたハルトのシャツをばたばたさせて、最終的にはそれで顔を覆った。
「うぅぅ~……そんな、恥ずかしいわ。バレバレだったなんて……はぅ、ご主人様の香り……!」
「恥ずかしがったり興奮したり忙しい……というか、アレで隠しているつもりだったの?」
「だ、だって……私はあくまでもご主人様の従者だし、おばあちゃんだし、それに……」
シャツの下から現れた顔は、先ほどの真っ赤なものから打って変わって、どこか寂しそうな自嘲気味な笑みを浮かべている。
「それに、ご主人様には、忘れられない人がいるんだって。だから、出過ぎた真似は、できないなぁって……そう思うの」
忘れられない人がいるというのは、ハルトにはアザレア以外に好きな人がいるということか――別に思い返せば、ハルトはアザレアに対して一定の距離を取っていたが、そんな事情があったとは知らなかった。
「……そういえば、全然ハルトのことって知らない」
「そうねぇ、私もあまり……ご主人様は自分のこと、話してくださらないから」
「全然知らないのに好きなの?」
「えっ? だって、ご主人様は優しいし、頼りになるし、すごく立派な方だし……」
「それはアザレアの主観。ついでに過大評価」
「そんなことないわ。フィオちゃんだって、ご主人様のこと優しいと思うでしょう?」
「うぅん……まぁ、すごく嫌な奴ではないってことは認める。けど……その、ご主人様っていうのが引っかかる」
「それは、ご主人様は私のご主人様なので、ご主人様なのだけれど……」
「アザレア語は難解……」
「……その女は、主の眷属なのだよ」
埒が明かないと思っていたタイミングで、近場から予想外の声が上がった。見れば、ギョロ目の人形が机の下からにゅっと現れて、自分のスカートの上に鎮座した。突然出てきたので息が止まる思いがして、一瞬「ひゅっ」と変な声を漏らしてしまう。




