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1-39:フィオナの焦り 下

 そんな風に思ってから一週間後、今度は第七階層を目指すために第六階層の攻略を進めていたのだが、そのタイミングでちょっとした事件が発生した。


 結論から言えば、自分がちょっとした怪我をしたのだが――浅くだが左肩を爪でやられた――その原因が、フィオナがやや前に出すぎていたため、それを庇う形で負傷してしまった形である。


 モンスターと戦っているのならこれくらいの傷はしょっちゅうのことである。だから、自分は気にしていないのだが――フィオナのショックが大きく、動揺してしまっていたため、今日は一度引き上げることにした。個人的には、未開放のジョウント装置に到着できただけでも、今回の探索は進展があったといえる。


 今は治療も終わり、時刻としては夜半、アパートのダイニングテーブルで本と向き合っている最中のことだった。個室の扉がゆっくりと開けられ、そこから寝間着姿のアザレアが姿を現す。


「あの、ご主人様。お怪我は大丈夫ですか?」

「あぁ、かすり傷だ。化け物と戦ってるんだから、これくらいの怪我で済んでよかったと思うがな」

「それは、そうかもしれませんが……」

「そんなことより、フィオナは落ち着いたか?」

「はい。ずっと動揺してましたけど、先ほどやっと眠りにつきました。それで、あの……」

「私がもっとしっかりしていれば、なんて謝らなくていいぞ。フィオナに怪我もなかったし、まぁいいじゃないか」


 そう返して本に視線を戻すが、アザレアはなかなか部屋へと戻らない。まぁ、なんとなく彼女が言いたいことは分かる――座るように促すと、アザレアはおっかなびっくりに対面に腰掛け、しばらくまごまごして、そしてようやっと決心したかのように口を開く。


「あの、フィオちゃんのことなんですが……」

「もう連れて行くな、って話か?」


 予想していた言葉を口にすると、アザレアは一瞬だけ驚いたように目を見開き、しかしすぐに真剣な表情になって頷く。


「私がフィオちゃんの分まで戦いますから……あの子には無茶させないでほしいのです。今日なんか、見ていてなんだかいたたまれなくって」

「別に無茶させたつもりはないが、無茶はしていたな」

「えぇ……この前は戦闘を怖がっているように見えたのに、今日はなんだか無理をして前に出ていたように思うんです。多分、頑張らないと居場所がなくなっちゃうかもって、それで無理をしちゃったんじゃないかと……」


 確かに、先日と比較して、フィオナが戦闘に積極的だったのは、そういった意味合いもあったのかもしれない。今日も結局は力を引き出すことはできなかったし、それなら他で貢献しないといけないと、そういった焦りが見えたようにも思う。


 さらに言えば、庇った後、あの子は顔を青くしながら「私のせい、私のせい」と言っていた。焦りが悪い結果を引き起こしてパニックを引き起こしていたということになる――こんな状態であの子をこれ以上連れて行ったとして、結局碌なことにもならないかもしれない。そういう意味合いでは、アザレアの言うことも一理あるだろう。


 だが――。


「……なぁ、アザレア。それって本当にあの子のためになるのか?」

「……えっ?」

「そりゃ、普通に考えたらあんな小さい子を戦わせるのが間違っているなんていうのが大前提というのは、納得もするし理解もする。

 ただ、危ないからってなんでも遠ざけようとするのは、それはそれでただ甘やかしているだけになるんじゃないか?」

「それは……」


 正直に言えば、今のはフィオナのためというより、アザレアの行動に違和感があったからこその意見ではある。アザレアは簡単なことを人にやらせて過剰に褒めて、難しいことは「私がやる」といって引き受けてしまう。


 確かにフィオナを危険に巻き込んでいるのは自分であって、そんな自分が何を言っても説得力もないかもしれないが、今回のことはフィオナなりに努力をしようとした結果だ。それを「危ないから」と遠ざけてしまうのは、それこそフィオナの自尊心を傷つける行為になるのではないか――そんな風に思ったのだ。


 こちらの意見に対し、アザレアは返答に窮しているようだ。黙ったまま、申し訳なさそうに目を伏せている。彼女も少々過保護だったことを反省しているのか、だが同時にフィオナを連れて行くのはやはり不安があり、どうすればいいか困っている、といったところか。


「まぁ、あの子が落ち着くまでは探索はお休みだ。幸い、先日の稼ぎでしばらくは食えるしな。元気になったときに、あの子にもう一度、やれるかどうか聞いてみりゃいい」

「あの……それでもし、もう戦いたくないとフィオちゃんが言ったら?」

「残念ながら、穀潰しを飼っておくほど余裕はない」

「そんな……」

「……役に立ってさえくれればいい。それこそ、低階層での金稼ぎだとか家事だとかやってくれるなら、置いておくことはできる。もし依頼をこなすなら、アザレアが手伝ってやればいいさ」

「ほっ……」


 甘いのは自分もなのかもしれない。目の前の女が沈んでいる表情を見るのは、あまり得意ではない――まぁ、沈ませておくと面倒というのも大きいのだが――それで、つい甘いことを言ってしまった。それがなんだか気まずくて、机の上に視線を落とすと、ちょうど彼女に伝えておかなければならないことを思いだした。


「それで明日の夜はちょっと出かけてくるから、フィオナと一緒に留守番しててくれ」

「えと、どちらへ行かれるんですか?」

「安心してくれ、煉獄じゃない……ちょっと知り合いに会いにな」


 そう言いながら、彼女にも見えるように机にあった電報が打たれた用紙を取り上げた。

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