1-38:フィオナの焦り 中
「そうだな……もう敵は殲滅してしまったし、無理強いしたところで引き出せるわけでもなさそうだしな。今日のところは、これくらいにして引き上げることにするか」
「ほっ……ですって、フィオちゃん」
アザレアは胸をなでおろし、撫でていた手でそのままフィオナの手を引いて立ち上がった。そのまま、二人は出口の方へと歩き出し、自分もその後を追う形になる。
「ねぇ、アザレア……私、役に立ってた?」
「もちろん! 私はフィオちゃんみたいに精密な動きはできないから、すごいと思う! でも、あんまり前には出ないようにしてくれたら、もっと安心できるかな」
「そう……うん、ありがとう、アザレア」
「……フィオちゃん?」
「大丈夫、なんでもない。それより、今日は帰ったらハンバーグが食べたい」
「あの、レストランで出た料理ね。でも、おばあちゃんには作り方がちょっと分からないかも……」
二人の他愛ない会話を聞きながら、先ほどシュライクが言っていて気になった部分を質問してみることにする。
『フィオナに恐怖心があるとか言っていたな。理由はなんでだと思う?』
『推測するのは容易いが……』
『小娘ではないから正確なことは分からん、か?』
『いいや、安易に人に聞くのではなく、少しは自分で理由を考えてみたらどうかね、と提案しようと思っていたのだが?』
『……あまり対人関係は豊富じゃないからな。人の心は分からん』
『邪神である我輩に人の心を問うのもナンセンスだと思わんかね?』
今の皮肉はあまりにも的確で、何も言い返せなくなってしまう。とはいえ、シュライクは人の心の機微にもかなり敏感のように思うが、どうやら答える気はなさそうなので、自分なりに考えてみることにする。
『……オリジナルのフィオナの記憶が、戦うことを吉としてない……?』
『さぁてな。だが、我輩の予測も近いものだ。小娘は胚としてのあるべき成長の仕方をしていない。本来なら、胚は成熟した人物の記憶を受け継いで存在するもの……それがあんな小娘の姿で無理矢理抽出させられているのだ。身体能力には問題なくても、心がそれに追いついていないのだろう』
『もし俺たちの推測が事実だとして、慣らすしかないか?』
『その慣らすこと自体が難しいかもしれん。しかし、どうするね、君? 予定通り、女ごと小娘を捨てるかね?』
『……いや、しばらく様子を見よう。戦闘能力自体は悪くないし、もしかしたらそのうち引き出せるようになるかもしれない』
『ふっ、情が移ったかね?』
『そんなんじゃないさ。ここで簡単に捨てたら、ここ最近の苦労が全部水の泡だからな。そういうお前こそ、簡単に捨てろなんて言うのはおかしいんじゃないか? 二人を拾えって言ったのはお前だろう?』
『あの二人に関しては、手段を選んでいる余裕があるのかね、と言っただけだ。懸念しているのは、君が変な情にほだされて、その良さを失ってしまうことだ。捨てること自体を推奨しているわけでもないし、とりあえず連れて行くのは賛成だ。
それに、あの小娘には興味がある。多少の訓練でなんとか耐え忍んだようだが、本来は戦いなど知らぬはずの幼子が、その身に宿る邪悪な力に翻弄される様子は、なかなか見ごたえのあるショーになるかもしれん』
『はぁ……まったく、悪趣味な奴だ。それより、ミドガルズオルムの尋問はどうなっている?』
シュライクには、例の蚯蚓型のイグノートゥスから情報を引き出すように依頼を掛けている。基本的に、イグノートゥスは人と言語的なコミュニケーションを取ることはほとんどない。超越者であるそれらが、人の側に程度を合わせることが稀だからである。
セクトの教祖にしても、基本的には神託という形で邪神の意思を受け取ることが多い――それは夢だとか視覚的な幻影だとかで伝えられるものであり、言葉でコミュニケーションを取ることはない。シュライクのように人との会話を好む方が少数派なのである。
つまるところ、自分はミドガルズオルムと会話ができないため、シュライクに任せている形だ。
『ダンマリを決め込んでいるよ。相当我々に囚われたことが気に食わなかったらしい……まぁ、最初こそは捕まってビビり散らかしていたようだが、我々邪神にとっては苦痛も刺激だからね。尋問も慣れてしまった、というのが正確なところだろう』
『それじゃあ、なんであの場にフィオナがいたのか、理由は分からずか』
『あぁ……どうする、続けるかね?』
『お前が手間じゃなければな。期待は薄そうだから、優先度は低くて問題ない』
『了解だ』
一応、フィオナの事情がもう少し分かれば、能力を引き出すヒントになるとも思ったのだが。ただ、単純にもう少し様子を見てもいいだろう。当面はアザレアがいるだけでお釣りがくる。より深層を目指す間に、胚としての力も使えるようになりさえすれば良いのだ。




