1-36:露店にて 下
「ご主人様。神器ってなんでしょう?」
「アザレアは見たことがあるんじゃないか? セクトの首魁なんかが持ってるケースが多いんだが」
「あぁ、あの、なんだか不思議な力が込められている道具のことですね? でも私、詳しいことは分からなくって……」
流石に神器のことを知らずにセクトと戦っていたとは考えにくいため、恐らくは記憶障害のせいだろうが――アザレアの場合はよく分かっていなくても、腕力で解決しそうな雰囲気があるからある意味では恐ろしい。
ともかく、フィオナは勝手に色々物色しているので、目さえ離さなければアザレアに講釈する時間もある。今後、知識が生死を分けるかもしれないので、説明しておいても損はないだろう。
「記憶喪失のせいかもしれないな。いいよ、説明する。邪神の力が込められた道具を神器という。たとえば、コイツなんかも神器の一つだ」
「あの、ぐるぐる回る剣ですよね」
「あぁ。コイツの詳細については、また今度説明する……あんまり人に聞かれたくないんでね。一応、これを作ったのはお前もよく知る一柱だということは言っておくよ」
一度言葉を切ると、アザレアはこちらのコートのポケットに視線を向ける。シュライクこそ断章ノモラスの制作者であり、それを自分が起動したからこそ、コイツとの妙な因果関係が始まった形である。
「この前のミミズのデミゴッドは、神器を持ってなかったと思いますが……すべてのイグノートゥスが、神器を作る訳ではないのですか?」
「あぁ。単純にあの場になかっただけの可能性もあるが……神器は中堅以上のセクトが所持することが多い。信者が増えてきたタイミングで、効率よく目的を達成するために、信者に与えるというケースが一般的だ。
それで、イグノートゥスが神器を作って人に下賜する理由は色々ある。奇跡の力を扱わせることで信仰を集めるとか、敵対勢力を倒すためとか。場合によっては、単純に人間に力を与えたら面白そうだからとか、もしくは俺たち人間には訳の分からない理由で作られることもある。
作られる理由も様々だから、神器の形や用途も様々だ。剣であったり、銃であったり、経典であったり、アクセサリーであったり、玉であったり……ただ、そのイグノートゥス本来が持つ能力以外は付与することができないという特徴がある。
しかし、アザレアの持つ変形する玉も、もしかしたら神器かもしれないな」
「ソラ・フィデのことですか?」
「あれ、そんな名前なんだな」
あんな風に変形する武器こそ、巷には流行していない。そういう意味では、神器の可能性もあると思ったのだが――その考えはポケットからひょっこりと首、もとい目を出した人形によって否定されることになる。
「その女の持つ玉からは、我々の力を感じんな。単純な人工物だろう」
「あれが単純か?」
「そうだな、単純というには語弊があった。神器でないというだけで、アレは複雑なメカニズムで動いてる。厳密に言えばアレは玉でなく、強靭な繊維でできているのだ。それが毬の形で絡まり合って集積されているのが常の状態であり、特殊な生体電流を流すことで、思考した武器の形に変形するのだな。
繊維状だから、鎌状にして投げた得物をそのまま糸で引っ張る、なんてことも可能だ。しかも、かなりの重さ……百キロは超えているだろう。それが女の膂力と合わさって、凄まじい速度で振られているのだから、その威力はかなりのものになっている」
「……だそうだが?」
アザレアの方を見ると、彼女は「はぇ~?」と間抜けな声を上げながら首を傾げていた。持ち主がメカニズムを分かっていないのはどうかとも思うが、これはこれで彼女らしくて良いとも思う。
「……でも、ちょっと安心しました」
「藪から棒だな……何に安心したんだ?」
「あ、はい、その、ご主人様とフィオちゃんが、共通の話題で盛り上がってましたので。今朝の時点でも少し打ち解けてきているなぁなんて思いながらお二人を見てたんですけど、一気に距離が縮まったようで、それで安心したんです」
「そうか? 俺はアイツのことをクソガキくらいにしか思ってないが……」
実際のところ、最初のうちはフィオナに対してもう少し気を使ってやるべきかとも思ったのだが、最近は諸々面倒になって結構気を使わないでリアクションをしている。
諸々と面倒になったのは、フィオナがやたらと自分には当たりが強いからだ。アイツはアザレアには懐いているので、そのせいでこちらの存在が気に食わないと思っているのかもしれない。
そんなことを考えている間に、ふいに横から袖を引っ張られる。そちらを見ると、一挺の拳銃を持ちながら不愛想な表情で――案の定、自分のことが気に食わないのだろう――こちらを見ている少女と目が合った。
「聞こえてる。私も、ハルトのことを変なバンダナ野郎くらいにしか思ってない」
「良かったな、そのあたりだけは気が合いそうだ。それで、こちらをお買い上げで?」
「うん。弾薬と合わせて千二百帝国リーブルだって。私はこの国の通貨に詳しくはないんだけど、新聞を読んでいる感じ、金額としては妥当だと思う……予算内に収まりそう?」
「今後の生活費まで考えるとギリギリだな。残念ながら、豪華なおべべは我慢してもらわなきゃならん」
「でも、着替えは欲しい。そんなに高いのは選ばないから、服も見たい」
「まぁ、変なブランドもんじゃなければ、そう高くもないしな……それじゃ、コイツを会計してくる」
「うん。ありがとう、ハルト」
「礼だけはちゃんと言えるんだな。偉いぞ」
少女の手から商品を取り上げて視線を一瞬アザレアに戻すと、ニコニコとほほ笑む表情があった。それがなんだか気まずくて、早々に店主に代金を払い、箱入りの弾薬と一緒に梱包されたそれを少女に向かって、ついぶっきらぼうに投げ渡してしまった。
その後は、日用品や二人の衣服などを買い足したり、量販店内にあるレストランで昼食を取ったり、図書館に行ったりと、主に商業区や学術区を見て回った。ただ、ゆっくり回るなら行く順番を逆にするべきだったかもしれない。重いものを先に買ってしまったせいで、荷物になってしまったからである。
衣服を試着しながら楽しんだり、外食で見たことのない料理に目を輝かせたり、大量にある図書館の本に興奮したり――二人とも楽しそうにしていたので吉とするか。一瞬で空になりかけている財布を眺めながら、そう自分に言い聞かせるのだった。




