1-34:奇妙な共同生活 下
そんなこんなで四日が経ち、ようやっと身体も回復し、まずは自分一人で――正確にはエヌの写本に封印された邪神共を引き連れて――煉獄へと向かうことにした。塩の大地で冒険者が金を稼ぐ方法は色々とあるが、一番手っ取り早くそれなりの金額を得るのであるならば、管理局が出している討伐依頼をこなすのが良い。
討伐対象は主にモンスターだが、時折セクトの拠点もあり得る。どちらとしても、特に第三層と第四層の採掘地帯で発生する化け物どもは、資源の供給の邪魔になる可能性がある。
それなら帝国が直々に兵を出せばいいという話でもあるのだが、兵士は煉獄での戦いには向いていない。煉獄は起伏が激しく、また狭い箇所もかなりあるので、兵隊が隊列を組んで戦うのは不向きな場所だからである。そのため、帝国はダンジョンで戦い慣れている冒険者を金で釣って、討伐依頼を出している。
自分としては、これらの討伐はひと稼ぎするのには丁度いい仕事であった。低層は五層以降と比較してそこまで強い敵もいないし、そもそも塩の大地に来るまでの十年間も、こういったことを稼業にして生活をしていたので慣れている部分もある。
もちろん、向こう見ずな冒険者たちが群がる高額な賞金――それこそ一件こなせば一か月は遊んで暮らせるくらいの金額だ――ということで、その競争倍率は非常に高い。
あまりに簡単すぎる相手はすぐに倒されてしまうし、かといって数日残っている案件は一人では手に余る可能性がある。数日残っているものの中で、自分と相性の良い相手を選ぶのが、賞金を稼ぐコツになってくる。
今回目星をつけたのは、鉄鉱脈への道中に陣取ってしまった熊型のモンスターの退治だ。結局楽な戦いにはならず、数十秒ほどパンタグリュエルを使わざるを得なかったが、反動は起動時間に比例するため、なんとか一人で帰路につくことができた。
イリスから受け取った報酬はこれで三千帝国リーブル。一人なら三か月は生活できる金額だが、三人分に武器の購入まで合わせればすぐに枯渇してしまうだろう。しかし、二人を煉獄に連れて行けばもっと大きな仕事もできるし、すぐに埋め合わせもできることだろう。
「……そういえば、例の二人はどうしたの?」
賞金はゲートで直接手渡しされる。イリスが差し出してきた百リーブル札を数えながら返答することにする。
「あぁ、よろしくやってるよ」
「輪廻の宝珠の情報はどうしたのよ」
「まぁ、おいおいだな。女の子の方が見れば分かるらしいから、今後は煉獄に連れて行くことになると思う」
「ちょっと、正気? あんな小さな子を連れて行くだなんて」
「あぁ見えて、結構やるんだ……それにここじゃ、年齢なんて大した問題にならないだろう?」
「まぁ、それもそうだけれど……」
実際、金目的で塩の大地に来て、活躍する連中の中には本当に若い奴もいる。ただ、その場合は精霊魔術など、特殊なスキルがあることが多いのだが。
とにもかくにも、ひとまず薄い鉛板だけ購入して夕刻に帰宅をすると、というかなんなら扉を開く前に、顔いっぱいに不安の表情を浮かべたアザレアが扉を開けてくれた。
「大丈夫ですか、ご主人様!? 足取り的に、怪我でもなさったんじゃないですか!?」
「いや、怪我はない。例の術を使った反動はあるが、前回ほどじゃないさ」
というか、こいつは自分の足音を判別しただけでなく、こちらの調子まで分かるのか。臭いとか言ってたことがあったが、改めて五感が鋭い――室内に入ると、彼女は何も言わずとも上着を脱がせてくれ、そのまま横のハンガーにかけてくれる。そのまま自分が持っている荷物をさっと受け取って、ダイニングテーブルの端っこにそれを置いた。
「そんな心配させちまうとは……俺はそんなに信用がないか?」
「そんなことはありませんが……でも、私の見ていないところで万が一があると思うと、いてもたってもいられなくて」
「次からは、ちゃんと連れて行くさ。それで、明日には街を案内する」
「わぁ……! 私、すっごい楽しみです! それで、お汗を流しますか? ご飯にしますか?」
「腹が減ってるから、まずは飯だな……だけど、今日は大丈夫だろうな?」
「あの……その、ちゃんと味見をしているから、大丈夫だと思いますけど……」
「この前はピンポイントで俺の皿だけ甘かったからな。あぁ、謝らなくても大丈夫だぞ。ちょっと思い出しただけで、別に気にしてないからな。期待してないわけでもないから安心してくれ……今日は芋を使った料理か、好物だ」
「……はい! 今、準備しますね!」
数日一緒に過ごして彼女の癖は読めてきたので、卑屈になるポイントを先回りして全て潰すことにする。プラスして、最後に褒めを入れることで、無駄な時間を取らずにテーブルに着くことができた。すぐに奥の部屋からフィオナも出てきて席に着き、コートのポケットから飛び出した人形が少女の前に鎮座する。
「我輩も主の身を護るために、獅子奮迅の活躍を見せたのだがな。労いはないのかね?」
「多分、獅子奮迅は盛ってる。イグノートゥスが相手じゃないなら、どうせちょっと偵察したくらい……それに、シュライクは何も食べられないでしょ?」
「別に食べ物である必要はない。大切なのは気持ち。そうだとは思わんかね?」
「はいはい、ありがとう、シュライク」
「心がこもっておらんね、小娘……しかしこう見えて、以前は美食の限りを尽くしていたのだが」
「人形なのに?」
「以前は人の姿を取っていたこともあったからな。ソルヴェーニャのワインなど、それは格別でな。この地は天候の作用により……」
意外とだが、シュライクとフィオナが会話しているのを見かけることも多い。シュライクは本当かどうかも分からないことをぺらぺらと喋っているだけだが、博識なのは確かである。
それに対してフィオナは知的好奇心が旺盛なようで、本にはない、嘘か真か分からないシュライクの話を――時に先ほどのように真偽を確かめながら――聞いているシーンが目立つ。
シュライクとフィオナの会話は結構レベルが高いので、アザレアは「はぇー」とか間の抜けた声を上げている。自分はあまり会話が得意なタイプではないので、基本的にはそんな状況を傍から眺めていることが多い。
多いのだが――。
「……然るにして、良き葡萄畑には大抵、二、三の王朝の断末魔が染み込んでいるものなのだ」
「どうしてそんな風になるんだよ」
こんな調子で、余りに周りがボケボケしすぎているので、反射的に口を挟んでしまうことがある。そうするとフィオナの方から「なんだか最近、ハルトの突っ込みがないと物足りなくなってきた」と、ありがたくもない感想が上がるのだった。




