1-31:おばあちゃんはママ 上
「……はぁ?」
少女の口から完全に予想外の言葉が出たので、自分の口からは素っ頓狂な声が出てしまった。ママ候補とされたアザレアもさすがに困惑を隠しきれないようだが、周りのリアクションなど気にする様子もなく、少女は早口でまくし立て始める。
「だって、アザレアは優しくて柔らかくて綺麗で、まさしく私の理想のママ像に当てはまる人……最初はびっくりして気絶しちゃったし、逃げちゃったけど、でもそこはすっごく強いという証明。これはいつでも私を護ってくれることと同義」
「いや、恐ろしく強いのは同意だが、それがいつでもお前を護ることにはならないだろう」
「ならないの?」
「ならないな……それに、すごく重要なことを忘れているぞ。お前、アザレアに向かって発砲してるんだからな?」
「都合の悪いことは忘れようとしていたのに……ハルトは意地悪だから嫌い」
唐突なママ宣言の後に自分は拒絶宣言をもらってしまったわけだが、こちらの反論など待たずに少女はアザレアに助けを求めるような甘ったれた声を出し始める。
「ねぇ、アザレア……私のこと、守ってくれないの?」
「うぅん。フィオちゃんが困ってたら、いつでもすぐ助けに行くわ! でも、ママはちょっと……フィオちゃんみたいにかわいい子が娘だなんて、おばあちゃん、恐縮しちゃう」
「えっ? さっきもアザレア、おばあちゃんって言ってたけど……どういうこと?」
「えぇっと、そのままの意味だけど……あれ、どういうことかしら?」
自分としてはおばあちゃん発言は初耳だが、それでも今の「おばあちゃん」は自分も聞いた。一瞬、聞き間違いなのではないかと思ったが――しかし、肝心のアザレアも記憶がないため、自分の発言の意味が分からないようである。
そんな中、シュライクが目を細めてアザレアを見ながら「案外、そのままの意味かもしれんな」と呟く。
「君、あの女が他の原典派たちからどう呼ばれていたか覚えているかね?」
「うん? そういえば、アザレアじゃなくて、他の呼ばれ方をしていたな。なんだったか……」
「奴ら、この女のことをゼロツーと言っていた。もしそれが覚醒者のシリアルなのだとしたら、あの女は相当早い段階で作られた改造人間ということになる。私が初めて覚醒者という噂を聞いたのが、今から百年ほど前だ。つまり……」
「アイツ、百歳以上ってことか!?」
「その可能性もある、ということだ。改造の副作用なのか、本来なら寿命など縮まりそうなものだが、確かに代謝に応じて老化していては、兵器として効率もよくはない。
コルネリウスだって今も生きているのだから、案外我輩の知らないところで本当に不老の術は既に完成していて、それが覚醒者を作成するメカニズムにも使われているのかもしれん」
シュライクが話し終わると、改めてアザレアに視線が集中する。そんなに意識的に見ていなかったが、どう見ても若く見える。皴もないし、肌に張りがある。よく女は化けるというが、化粧っ気もないから本当に素材のままだろう。十代というには少々無理はあるが、見た目的には二十代、三十代と言われたら驚くレベルだ。
アザレアは計五つの視線に耐えかねたのか、頬を赤くしながら「あの、その!」などと鳴いてのち、顔を手で覆ってうつむいてしまう。
しかし、コルネリウスとやらが何百歳も生きているなんていうのは、何となくそのまま受け入れてしまっていたが――錬金術師とか言われていたし、面識もないから大した衝撃もなかったのだろう――こと自分の目前にいる奴がこの見た目で百歳を超えていると言われると、やはり少々信じがたい部分がある。
「……多分、シュライクの言う通りだと思います。まだ記憶は朧げなんですけど……すごく、すごく長い間、私は戦わされていたように思うんです」
アザレアはうつむいたまま、静かにそういった。すごく長い間という主観的な尺度で言われても、「はいそうですか」とは言い難い部分もあるが――しかし確かに、彼女の凄まじい強さが百年以上の経験に裏付けられているとなれば、頷ける部分もあるか。
同時に、百年間もセクトと戦い続けて生き残っているというのも、それはそれで凄まじいことのように思う。原典派の動きが活発な新大陸はまだ人口も多くないし、そう大きなセクトもないだろうという楽観的な予測を考慮したとしてもだ。
それこそ、コズミック・タイドを起こせるような奴さえ出てこなければ無敗だったということだろうし、実際にアザレアにはそれくらいの強さがあるようにも思う。
そんな風に思いながらうつむいたままの女を見つめていると、横でガタ、と音が聞こえる。少女がアザレアの方へ身を乗り出したのだ。
「アザレアが百歳以上でも私は全然かまわない。アザレアは私のママになる素質がある」
「お前、見た目で決めてるだろ?」
自分がそう突っ込むと、少女は背もたれに身体を戻して口笛を一つ吹いた。こいつ、結構調子が良いな――だが、先ほどまで沈んでいたのが少しは元気になったようだし、それは良しとするか。
「だいぶ脱線したが、それじゃあ俺もフィオナと呼ぶぞ……フィオナ、お前、家に帰りたいって言っていたな? コルネリウスのもとに帰りたいってことか?」
「うん……お父様は私のことを本物とは認めてくれなかったけれど、それでも私にとってはお父様だから。側にいれば、いつか私のことを見てくれる日が来るかもしれない……だから、帰りたいの」
それはそれで、結構不毛というか、不憫とも思う。コルネリウスとやらが、今自分の前にいる少女をフィオナと思うことはないだろうから。自分としては本物を知らないからどうでも良いのだが、本物を知っていればこそ、微妙な差異が気になるものだろうから――こいつの努力が報われる可能性はかなり低い。
だが、やりたいということを止めろと言うほど無粋でないつもりだし、こいつに対してそこまで思い入れもない。だから、ひとまず話を続けることにする。
「帰るって言っても、当てはあるのか?」
「……オリジナルのフィオナのものでない、私が持つ記憶。それは、小さな実験室と、天井に覆われた大地……ちょうど、この街の塩の膜と同じような天井。ただ……」
フィオナはそこで席を立って、彼女自身が割ったガラスのない窓の前に立つ。
「こんな広い街じゃなかった。そこは水晶に囲まれた研究所で、辺りにはさっきみたいな眷属や、モンスターが徘徊していた。私はそいつらから研究所を護るために、武器を持たされて戦っていたの」
「なるほど……それじゃあ、俺たちについてくれば、お父様とやらに会えるかもしれないぞ?」
「……ホント!?」
髪を揺らしながらくるりと翻り、フィオナは少し明るい表情を見せる。なんなら、自分向けにこんな表情をするのは初めてな気がするが――しかしすぐに無機質な色に戻り、机の上のギョロ目を指さしながら口を開く。




