1-30:フィオナ・コルネリア・ヴェルメンティーノ 下
「いいことを教えてやろう、小娘。ヴァレルノ公国というのは、すでにこの世に存在しない。二百年前の戦争でモンテリア公国に併合され、その地も今や帝国の領土の一部と化している。
貴様はオリジナルのフィオナの記憶を持っているが、外の情報は教えられていなかった……だから、既にヴァレルノという国が滅びているのを知らなかったのだ。
ついでに、貴様の父、コルネリウスは高名な医師にして、錬金術師として諸国を漫遊していた。彼の研究は死者の蘇生だった……死んだ娘を蘇らせるために医学に、次第に錬金術に傾倒していったんだ。
そうなると、貴様はコルネリウスが胚を使って蘇らせようとした娘なのだろうな。貴様のような小娘を敢えて胚を使って顕在させたというのも、そうであれば説明がつく」
「ちょ、ちょっと待って。アナタの言い分が正しいとしても、コルネリウスは少なくとも三百年前の人ってことになる。それは、人の寿命としておかしいんじゃない?」
「コルネリウスが歴史に名を刻んだのは、不老不死の術を完成させたからという伝説があるからだ。その術は、広く広まることはなかったし、本当に不老不死に近づいたのかまではわからんが……現在までの間、諸々の王侯貴族をパトロンにしながら研究を続けていたという噂はある。
まぁ、ここまでの話は半分眉唾だとしてもだ。小娘、貴様が最初に言ったことだ。父のもとに帰りたいとな。それが、コルネリウスが生きているという、最大の証拠にならないかね?」
そういえば。話があちこち飛んでいたので失念していたが、父のもとに帰りたいと最初に言ったのは間違いなくこの子だ。なぜこんな話をしたのか、自分がアオートの胚であるとか説明するにはリスクがあったから、オリジナルの記憶を使ってそれっぽい作り話にしたといったところか。
シュライクの言っていたことが完全に図星だったのだろう。フィオナは目を見開いて人形を見つめ、ややあってから諦めたように首を振り、嘆息を一つ吐き出した。
「……そういうアナタはイグノートゥスね」
「ほう、意外と博識だな? 我輩以外のイグノートゥスを知っているのかね?」
「お父様が二柱使役していた……そのイグノートゥスの言う通り、私はフィオナ・コルネリア・ヴェルメンティーノの記憶を継承して目覚めたアオートの胚。ファビウス・コルネリウス・ヴェルメンティーノの亡き娘の代わりとなるべく作られた、人造人間」
フィオナの様子は、先ほどと打って変わっている。雰囲気も口調も――恐らくこちらが素なのだろう。先ほどまではオリジナルのフィオナをトレースしようとして、無理に口調を作っていたと、そんなところか。
しかし、シュライクの予測がすべて正しかったとして、それはそれで新しい疑問が生じてくる。別にこれも知る必要性もないのだろうが――折角だから質問してみることにする。
「コルネリウスとやらのやってることの辻褄が合っていないように思うんだが……要するにコルネリウスは、自分の娘を蘇らせる術を見つけるために不老の術を使ってまで生き残ってたわけだろう?
それなら、この子は蘇らせた大切な娘ってわけだ……わざわざ戦闘訓練をさせる、なんておかしいんじゃないか?」
こちらの質問で、少女はあからさまに落ち込んだようであり、表情を暗くしながら視線を下げてしまっている。
「君の疑問には、小生が答えよう。アオートの胚は、確かに元となった人物の記憶を継承する。そういう意味では、ほとんど本人といっても差し支えない。
だが、同時に、どうしても埋めがたい溝が僅かには存在する。胚そのものが貴様ら人の細胞でないが故に、本当に微細ながら、外見や性格に差異が出てくる。これが道具としてなら大した問題にならないが……人を蘇らせる装置として見なした場合は、果たしてどうであろうな?」
配慮のかけらもない邪神の言葉に、少女はさらに視線を下げて、肩をこわばらせてしまう。事情を知りたがったのは自分だが、シュライクの言ったことが事実なら――反応を見るに大正解なのだろう――さすがに少々いたたまれないように思う。
彼女は間違いなくフィオナ・コルネリア・ヴェルメンティーノの記憶を持っており、変わらず自分の父は目の前にいるのに、本物と認めてもらえない悲しみ――自分は親に対して良い記憶もないのだが、彼女の場合は愛された記憶があったのであり、その中で娘と認められないのは、それはやはりつらいものがあるだろう。
ともかく、これである程度の事情は理解できた。ここからは、今後の話をしたい。だが同時に、へこんでしまっている少女をどう釣ったものか。
「お前……と、いつまでもお前呼びじゃなんだな。しかし、どう呼んだもんかな……」
「それは……」
「フィオちゃん、でいいんじゃないですか?」
少女が答えるよりも先に、横の方から優しい声が上がる。アザレアは声と同じくらい柔らかい表情で微笑みを浮かべ、こちらと少女の方を交互に見ている。
「だって、フィオちゃんはフィオちゃんの記憶を持っているわけですから、フィオちゃんって呼ばれるのが一番しっくりきますよね?
それに、フィオちゃんってお名前が可愛くて、可愛らしいフィオちゃんにぴったりですもの!」
「名案でしょう!」と言わんばかりに、アザレアは満面の笑みを浮かべている。ビックリするくらい内容がないというか、同じような言葉を繰り返しがちなアザレア語録だが――というかフィオナと呼ぶこと自体は当然の流れのように思うが――予想外に少女の胸には響いたらしい。少女は息を吹き返したと言わんばかりに、先ほどまで全力で落ち込んでいた顔を上げて、輝く瞳でアザレアの方を見つめている。
「やっぱりアザレアは、私のママになるべき人……!」




