↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/176

1-29:フィオナ・コルネリア・ヴェルメンティーノ 上

 路地で少女を救ってから、ひとまずはアパートに戻ることにした。単純に外では話しにくいというのが主な理由だ。ここから話すことは帝国の連中に聞かれたくないことであるのはもちろん、これからの会話にはシュライクにも参加してほしかった。


 シュライクは長いあいだ人の世を放浪していた上に、煉獄の構造にも人間社会にも詳しい。先ほどの少女の動きを見る限り、アザレアと違って記憶も――喪失する方が珍しいとも思うが――きちんとハッキリしているのであり、シュライクの知識が役に立つだろう。


 自分だけなら念話で会話できるが、今回の場合はアザレアと少女にも参加してほしい。これからしばらく、行動を共にすることになるのだから。その上で、人形が喋っているというのはどうあがいても怪しい。だから、人目のつかない場所が必要だった。


 何より、腹ごしらえしたかったというのもある。自分も丸一日なにも食べてなくて空腹だし、先ほど少女も腹を盛大に鳴らしていた。滅茶苦茶に腹が減っているせいか、少女はさっきから黙りこくっている――もしくは何か企んでいるのかもしれないが、アザレアに掴まれているのでひとまずは従順について来てくれている。


 居住区にも居住者向けの雑貨店はあるし、そこで出来合いのものを買い込んで、少女の事情を食べながらのんびり聞けばいいだろう。


 そんなこんなで、食卓を三人で囲み、無心で飯をかっくらっている少女を――がっついている割にどこか上品な雰囲気はあり、そのせいでげっ歯類が口いっぱいにものを頬張って頑張って咀嚼しているような印象になっている――眺めているところだった。


 ちなみに、ダイニングテーブル用の椅子は一つしかないのだが、横長のソファーをテーブルにくっつけて、そこに少女とアザレアが並んで座っている形だ。


「……それでお前、名前は?」

「ふぅ……フィオナ。フィオナ・コルネリア・ヴェルメンティーノ……よ」


 食べ終わったところを見計らって声を掛けると、少女は意外なほどあっさり名前を告げてくれた。しかし、大層な名前だ。まるで貴族みたいだ――そんな風に思っていると、コップになみなみと注がれた水で食べたものを流し込んでいるフィオナの方へ、机上の木偶人形が視線を向ける。


「小娘、その名は本当にお前のものか?」

「むっ……何、よ、疑ってるの?」

「いや、そうだったら面白いと思ってな……続けてくれたまえ」


 シュライクの言葉に、フィオナと名乗った少女は身を固くしたようだ。まぁ、「面白い」という言葉に含まれる真意が読めなければ、警戒もするか。


 しかし、自分としては彼女の口調が少々気になる。最初は口の中に食べ物が残っていて話しにくくしているのかと思ったが、なんとなく普段と違う調子で喋っているせいでたどたどしい、という印象を受けるのだ。


「わた……フィオは、ヴァレルノ公国の一領主、ファビウス・コルネリウス・ヴェルメンティーノの娘なの。それで、目が覚めたら突然、こんなところにいて……それで、フィオは、自分の家に帰りたいだけなの」

「まぁ、可哀そうに……フィオちゃんくらい小さい子なら、おうちが恋しいものね。

 ご主人様、なんとかしてあげられませんか?」


 相手を疑うということを知らないアザレアは、本当にそうしてあげたいと言わんばかりの表情でこちらを見てくる。しかし、自分はとっくにこの少女に狡猾なところがあるのは見抜いているので、アザレアとは違って彼女の言っている内容で気になった点を指摘することにする。


「過程をすっ飛ばしすぎじゃないか? さすがに、ヴァレルノ公国とやらから一気に煉獄に飛ぶってことはありえないと思うんだが……」

「その、フィオは煉獄とやらが分からないのだけれど……ヴァレルノ公国にいた時から、その間のことは説明できるわ。フィオは……しばらく、誘拐されていたの。そこで、色々と教え込まれて……銃の使い方も、そこで習ったの。

 それでむしろ、私だっていまの状況が、本当に分からないの。誘拐された先で眠っていて、目が覚めたら、本当にいつの間にかアナタ達に拘束されていたんだもの」


 なるほど、確かに今の言葉には幾分か事実が含まれていそうだ。彼女はずっと、周囲を警戒しているように見える――それは自分の身を護るという意味合いが前提だが、少しでも情報を集めるために、こちらを観察していた部分もあるのだろう。


 だが、これ以上の情報をどうやって引き出したものか。別にこいつのことなど理解する必要もないのだが、可能な限り素性は知っておくに越したこともない。そう思っていると、先ほどまで少女の方を見ていた木偶人形がこちらへと振り返ってくる。


「君、この娘が言っていることは概ね本当だろう」

「うん? どういうことだ?」

「アオートの胚の特徴は教えただろう? こいつは、間違いなくフィオナ・コルネリア・ヴェルメンティーノの記憶を保持している……もっとも、こいつ自身が体験したことでないから、記録という方が正しいかもしれんがね。

 つまり、こいつはフィオナという名の娘の記録を継いで目覚め、どこぞかで戦闘訓練を受けたのだろう。そして、ある日に本当に誘拐され、例のセクトに連れ去られていたと……概ね、こんなところだろう」


 シュライクはそこで一度言葉を切り、再度フィオナの方へと向き直る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。