1-26:路地裏の攻防 上
ピンチにピンチ、ピンチの連続だ。意識を取り戻した瞬間、見ず知らずのところにいた。目の前には血だらけの女。自分で言うのも悲しいが、私は結構怖がりだ――血だらけで微笑む女が怖すぎて、一瞬で意識を失ってしまった。
その後は、実はもう少し早く意識を取り戻していた。二人のやり取りを聞きながら、少しでも情報を集めようとしていたのだ。それで、二人が目を離した隙を見て、何とか逃げ出そうと思ったのだが――お腹が空きすぎて鳴ってしまって、いたたまれなくなって体を起こした瞬間、あの女とまた目が合ってしまったのだ。
ただ、今にして思えば、まだもう少しあの場に留まって情報を集めた方が良かったかもしれない。あのアザレアとかいう女がとんでもない奴なことは確実だが、少なくとも邪気は感じなかったから。
そして少なくとも、ただいま自分を追ってきている連中ほど、禍々しくはなかったのだから。
自分が知る世界は、狭い研究室と、少しだけ広い訓練場、それから空のない世界――記憶の中には空だとか、海だとか、山だとか、森だとか、たくさんあるはずなのに――でも、これらは正確に言えば自分のものでない。そういう意味では、記憶というより記録という方が正しいのかもしれない。
だが、この街は自分の記憶にも記録にもない世界だった。所々に穴の開いている塩の天井、それに壁のように縦に連なる建物と、それらの隙間を縫うように生える細い路地。昨日、背負われているときに薄目で少しは見ていたが、ここはまるで迷路のようで、果たして自分はどちらに行っているのか、この先に何があるのか、全く分かりはしない。
そして、自分がなぜこんなところにいるのか、その理由が分からない。いや、推測はできなくはないのだが、それを認めたくない自分がいる。私はただ帰りたい。あるべき場所へ――私があるべきと思っている、あの場所へと。
首を振って、走る速度をさらに上げる。自分を追ってきている者たちの気配は、徐々に数が増え、そして人気のないところに誘い込んでいっているような印象を受ける。全くの直感だが、人がいるところでは襲う気はないということなのだろう。
細い路地の中では、まだ少しは人とすれ違う。そして自分を追ってきている者たちは、人ならざる者の気配がする。ここは巨大な街のようだから、連中も下手に騒ぎを大きくして、他の連中から狙われるのを避けているというところか。
外に出れば自分のことを狙う連中がいる、というのは聞かされていた。ただ、何の予告もなく、こんな風に方々から狙われるとは思ってもみなかった。いざとなったら抵抗することも視野に入れなければならないか。
幸か不幸か――私にとっては大いに不幸であったが――戦うための知識は教え込まれているし、多少の相手なら勝てる自信もある。
しかし、この銃の残弾数を走りながらでは確認できない。チャンバーを開いて一発装填されているのは確認できるが――さきほど三発撃ったから、仮に全弾が装填されていたのなら残り七発といったところなのだが、その前の状況が分からない。そのため、あと一発撃ったら打ち止めになる、ということも考えられる。
接近戦の訓練も全くしていないわけではないのだが、追ってきている数に対してそれを仕掛けるにはかなり無茶がある。それに、近接用の得物もない。素手で何体もの敵を相手にするには、余りにリスクが高い。手慣れた武器があるのなら、あんな奴らに対して苦戦することもないのだが、ないものをねだっても仕方がない。
それなら、なんとかチャンスをうかがって、人が多いところに出たいのだが――如何せん、行く先を少しずつ防がれて、より人のいない、より細い路地へ、どんどんと押し込められてしまっている。
そして気が付けば、完全な袋小路へと誘導されてしまっていた。壁は高く、扉もない。しかも登れるような凹凸もない、完全なる行き止まりだ。振り返り見ると、浮浪者のようなぼろを着た中年の男性が一人、前へと出て――その後ろには何人も似たような連中がいる――舌なめずりをしながらこちらをねめつけてくる。




