1-24:少女の脱走 中
「……あっ、ご主人様! おはようございます!」
発砲音が聞こえたリビングの扉を開けると、最初にアザレアの声が耳に入ってくる。部屋を見回してみると、次のような状況だった。
まず、アザレアが部屋の出口の方で両手を挙げている。服装は昨晩と変わっており、よくある帝国の二十代女性のスタイルに、エプロンを身につけている格好だ――あの格好で外をほっつき歩かれるわけにもいかないので、朝から開いている雑貨屋で購入した服である。
その反対側、窓の手前で、水色髪の少女が銃をアザレアの方に突き出しながら、唖然とした表情を浮かべている。目と口を大きく開きながら、自分とアザレアの方を交互に見ている。銃口からは僅かに硝煙が上がっているので、発砲したてほやほやというところだろう。
「……これはどういう状況だ?」
自分がそう声を上げると、アザレアが「えと、えっとですね!」と前置きをしながら、身振り手振りを交えた小芝居を始める。
「私が皆さんを起こさないように静かに掃除をしていてですね」
「うん」
「そしたら可愛いお腹がくぅって鳴くのが聞こえて、見てみたらその子が起きていまして。私の顔を見たらすっごいおどろいちゃって!」
「うん、そうだろうな」
「何かご飯を用意しますねって言っているうちに、机の上にあったご主人様の銃を持ち出しちゃってですね!」
「なるほど」
「危ないよ、ダメだよっていったんですけど、発砲されちゃってですね!」
アザレアがそこで少女に向けて上げていた左手をこちらに向けると、指と指の間に計三つの鉛球が挟まっているのが見えた。
「すっごく狙いがよくてですね! 危うく私、心臓を撃ちぬかれちゃうところでした!」
「それは怖いな」
怖いという感想は、弾丸をさらっと素手で受け止める人間がこの世界に存在したことに対してである。一応「私は丸腰ですよ」というのを示すために両手を挙げているのだろうが、素手で銃弾を止める奴、しかも三発分を正確無比に指で掴む奴がこの空間にいるだけで脅威と言えるだろう。
もちろん、ほぼ初対面の相手に対して何の警告もなしに発砲する少女の方も怖いが――少女の目線から見て、最後に記憶のあった血みどろの女がすぐ側にいて、併せて武器がすぐ側にあったので、威嚇のために心臓に向けて発砲と、そんなところだろうか。
いや、そんなわけあるか。自分で自分にそう突っ込みを入れる。アザレアが言っていることは事実なのだろう。彼女の忠誠心自体は本物であり、こちらに対して嘘をつくとは思い難い。自分が違和感を持ったのは、少女の動きについてである。
年端もいかない少女が迷いなく銃を取り、迷いなく発砲することなどできるだろうか? エイムについては偶然ということもできるだろうが、アザレアの口ぶり的には「急所を狙って迷いなく発砲した」はずだ。
口を開けばポンコツだが、アザレアの戦闘に関するセンスは本物。その彼女が「すごく狙いがいい」というのなら、それは少女が狙ったという証拠だろうし、実際に狙いも正確なのだろう。
つまり、訓練されているか、実戦慣れしている可能性が高い。そう思いながら少女の方を見ると、少女は銃を前に突き出したまま、相変わらずこちらとアザレアの方を交互に見て――そして急に振り返ったかと思うと、そのまま勢いよく窓ガラスへと飛び込んだ。
すぐさま窓辺へと駆け寄ると、窓ガラスを割った少女が、狭い路地を走っていく後ろ姿が見えた。
「あ、おい待て!」
『良かったじゃないか、君。どうやら、足手まといにはならなそうだぞ?』
確かに、正確な射撃に、三階から飛び降りても見事に着地し――着地については見ていないが、元気に走っているところを見るに怪我は無さそうだ――走る速度もかなり速い。あれなら最低限の自衛はできるだろう。
そうなれば、このままアイツを逃すのは惜しい。身体は痛むが、捕まえに行かなければ。この島を出ることはできないだろうが、如何せん帝都は広いし、人も多い。あまり遠くに行かれれば面倒になる。
「ご主人様、どうしましょう!?」
「どうもこうも、早くアイツを追いかけて……」
『ふむ……そんなことをしている場合かね?』
シュライクの声が脳裏に響いた直後、アザレアの後ろの方がなにやら騒がしくなってくる。発砲音にガラスが割れる音までしたのだから、野次馬が集まるのも当然か。
「ちょっとハードロックさん、一体何があったんだい!?」
玄関の向こうから声をかけてきたのは大家の婆さんだ。心配してくれるのはありがたいが、この状況を下手に見せたら誤解を与えかねない。面倒ごとを持ち込むと出て行けと言われかねないし、こちらとしても荷物をアパートに色々と持ち込んでいるし、それは避けたい事態だ。
ただ、この現状を上手く説明できる気がしない。正直に言ってしまえば、自分は少女誘拐の犯人とでも思われかねない。何かうまい言い訳は――そう考えていると、また背後でこちらの名を呼ぶ婆さんの声が大きくなる。
『……仕方がない。我輩の言うとおりに話すがいい』
『大丈夫なのか?』
『少なくとも、寝起きで頭が回ってない君よりは上手い言い訳ができると思うのだがね。ついでに、ちょっと蚯蚓の力を借りるよ』
こちらの返答を待つまでもなく、折角ひと眠りして戻った体力が吸われるような心地がする。シュライクの力で無理矢理拘束している邪神に関しては、シュライク自身が能力を扱うこともできる。恐らく、何か策があるのだろう。
こうなったら、シュライクに頼るしかない。少なくとも、自分よりもよほど頭も回る奴であるし、自分がどうこう言うよりもマシだろう。
強いて言えば、コイツの場合は場をかき乱して面白がるところがあるのは不安だが――アザレアにどくようにジェスチャーを送り、自分が扉まで移動をしてノブを回し、脳裏に響く声をそのまま口に出すことにする。
胚の少女、本格始動まであと2話。




