1-18:アザレア 中
「私を連れて行けない理由を、お聞かせしてもらってもいいですか?」
「そうだな……色々と理由はある。独りが性に合ってるとか、自分の目的に他人を巻き込む気がないとか。そもそも俺がアンタを救おうとしたのはついて来て欲しいわけじゃないとか……ただ、一番の理由は、俺は女を側に置いておきたくないんだ」
いらぬことまで口走ってしまったように思う。ただ、正直に言ってしまった方がお互いのためだろう。シュライクの言うように、自分はこの女を生半可に救ってしまった責任もある。
その忠誠が偽りのものであったとしても、少なくとも彼女の中では本当のものになってしまっているのだ。それならばこそ、誠実に向き合った方が、互いにとって後腐れもない。そう考えて、続ける。
「俺には、愛する人がいた。いや、今も彼女を愛しているんだ。その気持ちは今も揺るがないし、これからもそうだ。
それで、あまり身近に女性がいるのは、彼女に対する裏切りみたいに感じられてな……自意識過剰だって笑われても構わない。だが、俺はもう他の女性と親しくなる気がない。それがアンタを連れて行けない、一番の理由だ」
「そう、ですか……」
真摯に向き合おうと思ったばかりではあるのだが、思わず目の前の女から視線を外さざるを得なかった。こちらが言葉を紡ぐほど、女は目に見えて意気消沈していく。それこそ話し始める前から絶望一色だったというのに、まだこれ以上沈めるのかと逆に感心するほどで、最後には本当に泣き出してしまいそうになっていた。
彼女の態度のせいでいたたまれない気持ちになった訳でもないが、確かにこのまま放免というのも少々違うかもしれないと思い直す。彼女がこちらの事情をまったく分かっていないのと同様に、自分も彼女の状況を全く理解していないのだから。
理解してあげたいという意思はないのだが、もしかしたら彼女はこの煉獄に不慣れで、ここで「はい、さようなら」と言われても身動きが取れない可能性もある。
それに――女から視線を外した都合上、横たわる少女が自然と視界に入る。この女がいれば街まで少女を連れて帰るのも容易になるし、安全な場所で分かれる方がお互いにとっていいだろう。
「ただまぁ、そうだな……アンタ、ジョウント装置を起動できるか? できないなら、街に戻るまで一緒に行っても……」
「あ、あの!」
「な、なんだ?」
「あの、その……ご主人様のご事情は理解できました。それで、私が無茶を言っているのを承知の上で、それでももう一度お願いします。どうか、私を側に置いて欲しいのです」
「それは……」
「もし私が視界に入るのが不快なら、ご主人様の目に映らないようにします! 私の声が聞き苦しいというのなら、一切喋りません! 可能な限り気配を消し、存在しないように振る舞いますから……ですから、どうか……お側に……お願いします!」
折角こちらが妥協点を見出そうとしたのに、この女と来たら話を蒸し返してきやがった。こんなちょっとしたことでオーバーなリアクションを取る存在感クソデカ女が近くにいても、無視できるものでもないだろう。
そう考えれば、もはや彼女の提案などあってないようなものだ。街までは一緒に行こうと思っていたが、このまま連れて行くとずるずるといきそうでもある。どうするか――深く下がったままの女の頭頂部を眺めながらそう思っていると、頭の中にシュライクの声が響き始める。
『……面白い』
『あのなぁ……俺はめちゃくちゃ困っているぞ』
『この状況が面白いのも間違いないが、我輩の言う面白いというのは、その女のことだよ。そもそもとしては、君の命令がメチャクチャだから、眷属たる彼女は混乱しているというのも間違いではないはずだ。
だが同時に、眷属にとって主の意見は絶対。眷属でありながら主から離れろという命令は感覚的には矛盾しているものの、事象としては破綻していない』
『回りくどいな……つまり?』
『彼女は君のことを間違いなく主人として認めているが、絶対服従はしていないということだ。通常の眷属なら、どこかに行けと言われれば、その命令には従うはず……だが、彼女はそれに抗っている。
これは、君の術が不完全であったせいなのか、結局人同士には完全な主従関係が存在しないということの証明なのか……余興のつもりで眷属にしてみろと提案してみたわけだが、意外な発見があったな』
術が不完全だったと言われて、なんだか眩暈のするような心地になる。それは、別に今回の件というより、昔を思い出してだ――どうにも自分は何をするにも中途半端で、一生懸命やった気になっても詰めが甘く、いつだって自他ともに満足するような結果を得られたためしがない。
そんな中途半端な自分が、生半可に情けなどを掛けたから、こうやっておかしな事態になっているのかもしれない。そんな風に思考がぐるぐると回ってしまい、こちらが返答しないでいると、シュライク側が『ともかく』と切り出した。
『一つ助言をするなら、その女は連れて行った方が良いと思うね。アオートの胚を諦めない、というのならばだが』
『……どういうことだ?』
『先ほどの襲撃が答えだ。小娘を連れている限り、邪神どもは小娘を付け狙う。胚にはそれだけの価値があるからな。それで胚を護るのに、この女ほどの用心棒はそうはおるまい』
『はぁ……俺はその胚とやらの扱いをどうするかすら決めかねてるんだが』
『それを含めて、わざわざ先走って決断することもないだろう。胚を捨てるなら、併せてその女も捨てればいい。
君の流儀にとやかく言うつもりはないが……その上で言わせてもらえばだな。真に復讐を果たしたいというのなら、手段を選ぶべきではないと思うが、どうかね?』
つまりは、目の前にいる二人の女を有効活用しろと。確かに、戦力としては魅力的であるのは間違いない。邪神を強化できる胚に、眷属数十体どころかデミゴッドとも戦える女、これらが一挙に利用できれば、第六階層でくすぶっていた状態を一気に打破できるともいえるだろう。
利用するだけして捨てる、というのも人としてどうかとも思うが――それこそシュライクの言うように、目的を果たすために手段など選んでいる場合ではない。今まではむしろ正体を隠そうと動いてきたので人との接触を避けてきたが、そのせいで考え方が硬直してしまっていた部分もあるだろう。
次回、胚の少女、いったん起床。




