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1-16:追ってきた女 下

 だが、こちらの快進撃もここまで。覗き穴から銃撃されているのだから、射線から逃れるのは容易である。畜生にもその程度の知恵は回るか。そしてなお悪いことに、建物が僅かに振動し始める。それに合わせて、外から轟音が聞こえる――何が起こっているかを想像するのは容易い。要するに、入口から入るのを諦めて、どこかの壁を力任せに破壊して侵入しようとしているのだ。


 内部から感じる衝撃としては、それこそ凄まじい力で壁が殴られ、蹴られているようだ。これは、評価を猿型からゴリラ型に格上げしなければならない――そして最も手応えを感じているのは、やはり土と石を固めてできた入口らしい。覗き穴から狙えないところで、殴る蹴るなどの暴行を働いているようだ。


「何やら現実逃避をしているらしいが、こうなることなど予測はできていただろう? それで、この先はどうするつもりだね?」

「うるさい! 今考えているところだ!」


 こうなれば、無理やりにでももう一度パンタグリュエルを使うか? さすがに、命の保証はないだろうが――これは最終手段だ。そうなれば、せめて今にも破られそうなひび割れた壁の部分に、アトラク・ナクアの糸を張っておくか。それなら、一気に侵入されるのは防げるだろう――。


「……おい、君! もう一体こちらへ来ているぞ!」

「なんだと、どんな奴だ?」

「凄まじい速度……こいつらなど比べ物にならない速度で、こちらへ向かってきている!」


 シュライクが声を荒げるのは珍しい。新たに現れた奴は、こいつが本気で警戒するほどの相手だということか。そうなれば、万事休すか――いや、自分はまだここで果てるわけにはいかない。目的を達するまでは、泥水をすすってでも生き残らねば。


 まだやれることはある。破壊されそうな壁の裏に、アトラク・ナクアの糸を張り巡らせ、隙間を突破してこようとする相手を確保する。そう方針を固めて除き穴の外を見ると、何やら状況がおかしいことに気づく。先ほどまでガンガンと壁を叩いていた連中が手を止めたのだ。


 もしかしたら、ボスでも来たのか。そう思ったのも束の間、原生林の奥から、巨大な質量を持った何かがこちらへ飛来してくるのが見える。それは僅かにだが覗き穴を避けて、その横に当たったようだ。直後に絶叫、そして何体かの眷属どもが、物体が飛来してきた方へと駆けだした。


 そしてすぐに、逆走を始めた眷属たちは突然一か所に集まり出す。狙った動きというより、急激に身体のコントロールを失ったようである。その証拠に、互いに身体をぶつけ合ってうめき声を上げているのだが――注視してみると、僅かにだが奴らの身体に光を放つ糸のようなものが絡まっている。そのせいで奴らは一か所に無理やり集められたのだ、そう思っていると、計五体の眷属たちの首が一斉に上へと吹き飛んだ。


 糸で集められた猿人たちの奥には、一つのシルエットが浮かんでいる。それは強靭な化け物を軽く一刀のもとに斬り伏したというにはあまりにも華奢であり、そしてその身体に似合わないほどの巨大な鎌を振り切った状態で、その赤紫の瞳を暗がりで輝かせている。


「あの女……追ってきたのか!?」


 こちらの独り言など誰も聞いていないとでも言わんばかりに、残っていた眷属どもも一斉に女に襲い掛かった。この原生林というフィールドを活かし、あるものは木々の枝へと移動し、あるものは木の幹に身を隠し、あるものは背後へ回ろうとしている。


 その連携自体は素晴らしいものであるのだが――奴らが哀れなのは、眷属ゆえに恐れを知らないことか、はたまたあの女の実力を知らないことか。結果としてはその両方であっただろう。


 そこからはもう一瞬の早業だった。女が舞うようにくるりと回ると、ある者は両断され、ある者は斜めに卸《おろ》され、ある者は首が飛んだというのに走ったままの勢いが止まらず、そのまま原生林に激突して絶命し――たったの数秒以内に彼女を中心として六体の眷属たちの亡きがらが出来上がった。


 そして最後に残った一体はようやっと実力差を悟ったのか、はたまた恐怖を覚えたのか、女に対して背を向けて、一目散にこちらへと駆けてくる。それこそ、助けてくれとでも言わんばかりの必死の形相で――そして猿人が覗き穴の正面に辿り着いた瞬間、ずん、という鈍い音が響き、石の壁に縦一閃の亀裂が入った。


 その一撃がとどめになったのか、猿どもの侵入を何とか防いでくれていた土の壁がバラバラと崩れ去る。その先には、縦に両断されてぱっくりと割れている猿の眷属と、むせかえるような死臭と、そして――。


「助けに来ました、ご主人様!」


 薄い衣服と顔にどす黒い返り血を付着させ、いっちゃってる目を爛々(らんらん)と輝かせながら、場違いなほど満面の笑みを浮かべる女の顔があったのだった。

胚の少女、いったん起床まであと3話。

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