1-15:追ってきた女 上
「モンスターか? それとも眷属か?」
「気配だけではどちらか断定するのは難しいが、動きは整然としている……どちらかと言えば、眷属だろうな。大方、胚を狙っていた他のイグノートゥスが差し向けてきたんだろう」
「数は?」
「感知できる範囲で五体ほど……いや、六、七……十五体ほどか」
「……かなり足が速そうだな」
「ご明察、流石だね」
足が速そうだと判断したのは、コイツの感知範囲外から、一気に範囲内に入ってきたことが要因だ。だが、足が速い奴こそ今は厄介だ――足が遅い奴ならまだ無理をして逃げるという選択肢を取ることもできなくはないが、速い奴に対してはそれすらできない。また、数の多さもかなり厄介である。あちこちから挟まれれば、動けない今は対処が難しいからだ。
一応、避難場所としてここを選んだのには理由もある。いざという時に地の利を活かして迎撃の姿勢を取ることもできるからだ。
この建物の外壁は万年の時でも朽ちないような素材でできており、その守りは堅牢である。窓などもなく、入ろうとするなら一つしかない入口から押し入るしかない。そこから入ってくる一体一体を着実に仕留めていけば、なんとか生き残れるかもしれない。
もはや何度目になるかは分からないが、立ち上がるだけで激痛の走る身体に鞭を打ち、入口まで移動する。外には地下固有の原生林が広がっている――太陽の光が届かない空間でこそあるが、空間を照らす外壁の光とエーテルとの微妙な加減で育つ植物が存在している。天井までの距離の関係上、そこまで巨大な樹木は育たないが、それでも数メートルの高さにはなり、鬱蒼とした様相を呈している。
「早速だが、働いてもらうことにしよう。深淵の縁より目覚めよ、早贄の一柱……汝、大地を食らう蠕虫、ミドガルズオルム!」
詠唱を終えると大地が盛り上がり、それらが瞬時に結合して、建物の入口部分をピッタリと塞ぐ壁が生成された。ただ、外の状況が見えなくならないよう、目線の高さにちょっとした覗き穴を開けている。ここからあわよくば銃で狙って、頭数を減らすこともできるだろう。
それと同時に、ただでさえ困憊している身体から、体力が抜け落ちる感覚に襲われる――なるほど、コイツを使う代償は生命力といったところか。有機土を喰らう蚯蚓の怪異としては、それらしい代償と言える。多少使う分には寝て食えば取り返せそうだが、過度に利用すれば命にかかわるかもしれない。
「シュライク、敵との距離は?」
「もうすぐそばまで来ているぞ……目を凝らしてよく見てみたまえ」
言われるがままに覗き穴から目を凝らして外を見るが、原生林が内壁の灯りを遮断しているため、よく見えない。だが、すぐに強い風が吹いたように枝葉がたわむ音が聞こえ、それが奴らが近づいて来ているサインだと直感する。
そしてその音は、既に近くから聞こえている――直後、生成した石壁のすぐ目の前に、毛むくじゃらの獣人のような化け物が姿を現し、覗き穴の向こうでこちらを威嚇するように奇怪な声を上げた。一瞬、そのあまりに大きな音に怯みそうになるが、すぐに気を持ち直し、壁を盾にしながら銃口を外へと向ける。
「イクストル!」
蝙蝠の邪神の名を呼びながら引き金を引くと、爪の一撃を仕込んだ銃弾が、こちらを威圧している獣人の眉間に当たった。弾丸そのものはそこまでの威力はなくとも、当たった先で爪が発動する――結果として、壁の向こう側で獣人の頭は割れた果実のように破裂し、背後に向かって倒れた。
すぐさま次に狙いを定めて引き金を引く。仲間がやられて混乱しているらしい状況で、次の一体までは顔面を狙うことができた。だが、流石に警戒を始めたのか、外の連中も足を動かし始める――流石にこの状況で頭を狙うのは難しく、今度は胴体を狙って射撃を行う。その一撃は腹部に当たり、そして爪が発現した後も、残念ながら致命の一撃とはならなかった。
しかし、本番はここからだ。腹部から僅かにどす黒い血を流す獣人は――よく見ると狂暴化した猿のような風貌で、体格はかなりゴツい――次第に身体を硬直化させ、そのままその場に伏した。既に頭を破裂させた二体のように即死には至らないが、それでも全身を痙攣させたまま動けなくなっている。
自動拳銃を愛用している理由はまさしくこれで、イクストルの爪には相手を麻痺させる効果があり、これを遠距離から叩き込むことができる。もっとも、デミゴッドのような規格外の生物には通用しにくいのだが、並の怪物を無力化するには十分である。
胚の少女、いったん起床まであと4話。




