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幕間:歓楽街にて 上

「どうだい、ヴェルメンティーノ。結構、下町も悪くないもんだろう?」

「がやがやしていて、落ち着かないわ」


 感想としては言った通り。カーライル・ウッドフォードに連れてこられたのは帝都の下町、その中でも歓楽街であった。ただでさえ人口密度の高い帝都において、ここはさらに人が密集している。昼だというのにそこかしこの出店で酒を飲んでいるガラの悪い連中も多いし、こういった雰囲気はあまり好きではない。


 こんな風に外へと出てきたのは、以前に話していた通りに監視付きでなら外に出ても良いという話を実行した形だ。仮にこの場で外部に連絡が取れなくとも、首都の様子やウッドフォードの監視体制がどの程度のものなのか計るのに、一度は話に乗ってみようということで連れ出されてきたのである。


 もちろん、自分だけ出かけるのにスルトは渋い顔をしたが、初対面のときからウッドフォードとは何度かの会話を重ねることでそれなりに信頼関係も生まれていたし、スルトはリハビリ中でまだ外に出られないというのもある。


 本来なら、どこかでこの男の目を欺いて脱出できれば良いのだが――ウッドフォードの側として、二人のうちどちらかを城の中に残しておけば、片方の脱走も防げるという判断もあるのだろう。


 どのみち、スルトの治療が終わるまでは塩の大地を抜けられないし、煉獄の最下層を目指すというミッションもある中で帝国と揉めるのも難がある。今しばらくは大人しくしているつもりだ。


 しかし――。


「元帥! 一緒に飲みましょうよ!」

「悪いな、ブラン。見たらわかるだろうが、女の子とデート中なんだ」

「ウッドフォード元帥! 奢ってくださいよ!」

「馬鹿め、シュナイダー。自分の安月給で飲むから、酒ってのは美味いんだよ」

「ねぇねぇ、元帥さん。うちのお店に寄って行ってよ!」

「嬉しいねぇ、アンナちゃん。でも、まだ昼間だからな。今度頼むよ」


 ゆく先々で、ウッドフォードは大人気であり、色々な連中から声を掛けられている。ガラの悪い男どもは非番の帝国兵なのだろうが、お店の店員らしき女性からも――濃い化粧でけばけばしいのが多いが――声を掛けられている。


 誰も彼もが明日のことなんか考えていなさそうな、頭が空っぽそうな顔をしている。そういう手合いについては、自分はあまり会話をしたくもないし、興味も関心もない。


 しかし、ウッドフォードはそれらの人々の顔と名前が完全に一致しているのだから、記憶力が良いのは勿論、誰に対しても一定の敬意はあるということなのだろう。その辺りは、素直に尊敬できる部分であるとは思う。


 そうこうしているうちに、屋台で売られていた焼き菓子を三人分買い――冷めても美味いのであとでスルトにも渡してくれということだ――今は少し落ち着いて、歓楽街の中にある公園で一息ついているところである。公園といっても小さなところで、歓楽街故に遊具などもない。ちょっとした植物が生えていて足を止められる場所、しかし外の喧騒から少し切り離された場所で、少し自分のペースを取り戻せる、そんな場所である。


「それで、ヴェルメンティーノ……」

「コルネリアでいいわ」


 フィオナ=コルネリア・ヴェルメンティーノのミドルネームは、父が生まれ育った地方に氏族名を用いる慣習が残っていた名残である。フィオナと呼ばれるのは馴れ馴れしすぎるし、ヴェルメンティーノとかセスティナと呼ばれるよりは人間味があるので、ここが丁度いい折衷案になるだろう。


「コルネリア……うん、君に合った可愛らしい響きだな」

「貴方、逐一女性を口説かないと会話ができないの?」

「ははは、そんな手厳しさもチャーミングだ」


 相変わらず適当なことを抜かしている男を無視して、焼き菓子を一つ口に頬張る。確かに、これは美味しい。普段の食事に関してはスルトが管理してくれており、彼の料理の腕前は確かだが、菓子類などはそう出してくれないので、この殺人的な甘さについてはちょっとした感動すら覚える。


「そんな目を輝かせてくれるんなら、奢った甲斐もあるってもんだ」

「ぬぐっ……こんなもので買収されたりはしないんだからね」

「分かってる分かってる。それで、コルネリア。今日はちょっとしたお願いがあるんだ」

「何よ、改まって。別に外に連れ出さなくても、話せることじゃないの?」

「いやな、スルトのオッサンが、オレのことをえらく警戒しているだろう?」

「私が変な場所に連れ込むのを警戒していたのよ、彼は」

「心外だねぇ、こんなに紳士だってのに……っと、話が逸れたな。それでお願いっていうのはなんだが……」

「……おぉ! ウッドフォード!」


 声のした方、公園の入口の方を見ると、一人の少女が手を振りながらこちらへ向かってきていた。そのまま少女はウッドフォードの隣に腰掛け、満面の笑みを浮かべて男の方を見上げる。


「ナナクボ、戻ってたんだな」

「おうとも! お主も知っておるじゃろうが、招集がかかってな。最前線から先ほど戻ったところでの。ただ、鉄機城は窮屈じゃろう? それで、ちょっと外をぶらついて時間を潰しておったのじゃ」


 ナナクボと呼ばれた少女は、声と見た目の割には古臭い喋り方をする――しかし、そのみょうちくりんさは所作だけでなく、外見もそうである。幼い顔立ちに低めの身長、それに長い金髪の少女であり、見た目としては自分よりも年下くらいに見えるのだが、異様なのはその格好だ。


 上半身はほとんど裸で胸だけ布で隠しており、下半身はひらひらの薄いスカートの上に、厚手の上着の袖を――帝国の軍服のようにも見えるが――巻き付けている。


 一層異様なのは、彼女が纏っている羽衣か。木漏れ日を受けながら七色に煌めく様子から、その繊維は何か特殊な素材でできていると推察される。羽衣の妖しい雰囲気に、彼女独特の髪色と出で立ちが加わり、どこか神秘的でエスニックな印象を受ける少女ではあるのだが――どこか豪胆さが見え隠れしており、なんだか本当に「不思議」という言葉以外で形容しがたい存在である。


「何よ、その子……踊り子?」

「はっはっは! まぁ、踊り子というのはあながち間違いではないが……ウッドフォード、この子がそうかの?」


 ナナクボの質問に対して、ウッドフォードは無言のまま頷く。それを受けて少女は「成程のぉ」と頷いてから立ち上がり、自分の前に立ってくるりと妖しく回ってみせる。

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