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2-82:恋する乙女の帰還 下

「ねぇ、ハードロック……」

「あん?」

「その……今回のこと、改めてお礼をしたいと思うのだけれど……」

「気にすんな。何度も言っているが、俺はゴルドヴァッサーの奴が気に食わないから動いただけだ」

「それでも、ありがとう。貴方のおかげで助かった、というだけじゃなくて、今回の件は色々と自分を見つめ直す機会になったから」

「そうか? まぁ、それなら良かったんじゃないか?」

「えぇ……本当に。良かったと思うわ」


 会話がひと段落したタイミングで、遠くからパントエールとセギュールの名を呼ぶ声が聞こえた。そしてすぐに人々が金庫の前へと集まってくる。どうやら捕まっていた穏健派のメンバーが目を覚まし、辺りを彷徨っていたところでこちらのことを発見したようだ。


 そのまま一気に人が金庫室の隣や廊下へなだれ込んできて、もはやゆっくり話しているという雰囲気ではなくなってしまった。混乱や身体の痛みを訴える人を――中にはアザレアに思いっきり殴られた人や、ハルトの麻痺弾を撃ち込まれていた人もいるので、後遺症なども心配な感じがするが――宥めるためにセギュールが立ち上がり、正気を取り戻した人たちへ状況を説明し始めた。


 セギュールの声を聴きながらも、なんとなくだがパントエールに目がいく。どこか悩ましげな吐息、熱い視線。それらは全て、パントエールからハルトへと向けられているものだ。


 あの感じを、自分は知っている。何故なら、それを自分はほとんど四六時中見ているからだ。肝心のハルトは、それらに気付いていないようだが、あれはまさしく――。


「……ねぇ、アザレア」

「なななな、何かしらフィオちゃん?」

「あのね、パントエールのことだけど、前言撤回する。あり得ないなんてことはないんだって」

「そ、それはつまり……フィオちゃんから見ても……?」

「うん。アレはどう見ても、恋する乙女の顔」


 他の者たちに聞こえないくらい――とくに絶対にハルトには聞かれないように――小さな声でそう呟く。そう、アレはアザレアがハルトに向けているのと同じような態度なのである。


 こちらの意見を聞いたアザレアは、青白い顔色のまま何故だか安らかな笑みを浮かべる。だが、それもつかの間、すぐに「ですよね」と呟いて、その後は額に手を当てながらその場に卒倒した。


 そしてそんな様子を見てか、災禍の中心にいる人物が立ち上がり――例の筋肉痛に苛まれているのか、顔をしかめている――こちらへゆっくり歩いてきた。


「……アザレアはどうしたんだ?」

「えぇっと……多分、死ぬほど疲れてるんだと思う」

「なるほど、それじゃあそっとしておいてやろう」

「そうだね……あとね、ハルト」

「なんだ?」

「月のない晩は気を付けた方が良い」

「……はぁ?」


 このままこんな調子で他の女性に惚れられていったら、恨まれても文句は言えないという意味合いでの忠告だったのだが、当の本人はまったく理解不能といった様子で首をかしげている。


 まぁ、二人の気持ちも分からないでもない。ハルト・ハードロックという男は、油断をしているとやられてしまう魅力はあるとは思う――普段はつっけんどんで口も悪いし好かれる要素も薄いように思うが、いざというときに謎の熱血と頼りがいがあるからだ。


 自分は彼と歳が離れすぎているのでそういう気持ちにはならなかったが、それでも先日、あの草原に迎えに来てくれたときなどはこみ上げてくるものがあったのは確か。


 そして同時に、二人のことを不憫にも思う。ハルト・ハードロックには忘れられない人がいる。だからこそ打算抜きに誰かを助けてくれるのかもしれないし、いやらしさがない部分もあるのだろうが――同時に、皇帝に見せたあの怒りを見るに、誰にもハルトの心に入り込む隙はないようにも思う。


 そんな風に思いながら、魂の抜けているアザレアと呆けているパントエールを交互に見ていると、ハルトの方から「そうだ」と声が上がった。


「さっき言い忘れてた。フィオナ、ありがとうな」

「何のこと?」

「俺を神器の中に送るのに力を使わせただろう? それで、大丈夫か?」

「……うん、大丈夫。ぶい」

「……俺は返さないぞ?」

「ふぅ……ノリが悪い。そんなんだからハルトはダメ。もっとアザレアを見習って」

「はぁ……勝手に言ってろ」


 それだけ言い残して、ハルトはまた壁を背もたれにして座り込んだ。本当はちょっと大丈夫じゃないのだが――それでも、先日の一件である程度は覚悟が決まった部分もある。


 ともかく、鈍いハルトと、二人の女性陣の行く末がどうなることやらと思いつつ、自分は新たに発生したこの絶妙な地獄の中でどう立ち回るべきかと頭を悩ませることになるのだった。

ここまでおよみありがとうございます!

第二章の本編はここまでです。


次回より4投分の幕間を挟んでから、3章へと続いていきます。


ここまで読んで「続きも追ってみよう」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援いただけると、とても励みになります。


よろしくお願いします!

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