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2-81:恋する乙女の帰還 上

 廃工場内の騒然とした様子は、つい先ほどから別の様相へと変化した。元々はゴルドヴァッサーに洗脳されていた者たちがうめき声や奇声を上げていたのに対し、今は意識を取り戻した人々の困惑の声へと変わってきている。先ほどシュライクも神器の中へと入って行ったし、これは騒動の元をハルトが倒してきてくれたことを意味するのだろう。


 守衛をする必要もなくなったので、アザレアがこちらへと移動してきて、セギュールらと共に状況を確認していると、ちょうどハルトの身体が動き出した。それでアザレアがすぐにハルトの前にしゃがみ込み、自分もその隣に陣取っていると、彼の瞼がゆっくりと開かれた。


「ご主人様! お疲れ様でした!」

「あぁ……状況は?」

「はい。つい先ほど、操られていた皆さんがめっきり動きを止めまして! シュライクも神器の中に向かいましたし、きっとご主人様が皆さんを救い出してくれたんじゃないかと、皆さんと話していたところでした!」

「相変わらず情報がまとまっていない報告だが、解決したってことは分かった。あとは……」


 ハルトが視線を横に動かす。その先には、縄で柱にくくりつけられたパントエールの姿がある。彼女の方も肩が僅かに動いたかと思うと、ゆっくりと瞼が開かれ――先ほどから所在なさげに彼女の身を案じていたセギュールが、目覚めたばかりのパントエールの肩に手を置いた。


「パントエール! パントエールですか!?」


 はたから見ると変な質問をしているようだが、先ほどゴルドヴァッサーが身体を乗っ取っていたから、それを警戒しての質問なのだろう。パントエールの方は少々寝ぼけた様子で辺りを見渡して、隣にいるハルトを見て僅かに微笑んで――なんだか心なしか頬を赤らめているように見えるが――そして正面にいるセギュールに改めて向き合った。


「えぇ、私よ……って、何よこれ」

「あ、あぁ、すいません、今解きますね」


 セギュールがパントエールを拘束していた縄を解いている間に、自分も今回の騒動を収めてくれた者たちに対する労いをすることとしよう。そう思ってハルトの方を見ると、彼が親指を立てているのが視界に入る。


「きちんと約束は守って来たぞ」

「うん。ハルト、お疲れ様……それに、シュライクも」


 そう声を掛けると、夢灯アヴァロンの上に鎮座していた人形が、その大きな瞳を開く。アヴァロンは先ほどまで中心で輝いていた瞳を閉じており、その役目を終えたのだと実感する。


「ほぅ、我輩を労うとは。扱いが分かってきたようだな、小娘。感心感心」

「毎回声を掛けないとねちねち言われるから。予め対策しただけ」

「ふぅむ、それでも労われるというのは悪い気はしないね」


 シュライクはそこで一度言葉を切って、目玉の横についている小さな羽をぱたぱたと振る。


「おい君、小娘に我輩の活躍を教えてやってくれないかね?」

「大活躍だったのは認めるが、ありのままに伝えたらドン引きされると思うぞ?」


 シュライクの大活躍については、夢見の世界での出来事と併せて語られることになった。ゴルドヴァッサーとの戦い、バルトンの裏切りと顛末、そして新たな邪神の協力を得られたことなど――その大半はハルトの口から語られた。その主な理由は、パントエールがなんだかずっと心ここにあらずといった様子だったからである。


 ハルト曰く「コズミック・タイドを抜けてきたからぼーっとしてるんだろう、少しゆっくりさせてやってくれ」とのことらしいのだが――確かにそれはそれで大変なことなのだろうが――彼女がぼーっとしている理由はなんだか他にあるように思う。


 そして、その異変を自分より早く感じ取っていたのがアザレアである。というか、どちらかといえばアザレアがパントエールを見ながら「あっあっあっ」とか変に呻いているから、気付いたというべきなのだが。


 ともかく、一通りの話が終わったあとは毅然としており、パントエールがバルトンの処遇について相談したい旨を話すと、セギュールは眼鏡を押し上げてから頷いた。


「そうですか……分かりました。ですが、これほどのことに加担をして、彼を無罪放免というわけにはいきません。一旦、身柄を拘束させてもらいますよ」

「反対しない前提なのだけれど、一応確認させて頂戴。彼が裏切ったことを知っているのは、今のところは私たちしかいないわ……それなら、今この場で収めることもできると思うのだけれど」

「それはそうなのですが、それを言い始めたらバレなければ何でもして良いということになってしまいますし、そういったところから軍規が乱れていくというのが一点。それにもう一点として、彼の本心がなんであれ、我々を裏切った事実は揺らがない……それこそ、今回誘拐された者たちの情報などを、彼が流していた可能性もあるのです。

 その辺りの調査も含めて、一旦は彼の身柄を拘束し、どの程度の情報を流していたのか調査を進める必要があります」

「まぁ、そうよね。了解よ、手筈は頼むわ、セギュール」

「はっ……っと、なんだか見違えましたね、パントエール」


 一瞬偉い人に敬礼でもするかのような雰囲気を出した後、セギュールは変化の原因を探ろうとしているのか、目を細めてパントエールを眺めている。


「えぇ。短い間に、色々と体験してきたから……ね」


 セギュールの質問に対し、パントエールは柔らかい笑みを返し、そして再びハルトの方へ向き直り――いや、どうやら彼のことを直視はできないようで、何やら恥ずかしそうに頬を赤らめている。

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