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2-77:ワンウェイ・ホーム 上

「痛い痛い痛い! なんで、どうして!? なんだこの痛み!?」


 ゴルドヴァッサーはそのまま上へと大きく跳び、その長く鋭い二十八本の指を使って天井の枝にぶら下がって縮こまった。あんな距離にいられては剣しか攻撃手段を持たない自分たちには、これ以上の手出しができない。


 相手の傷口が徐々に塞がっていき、息も段々とだが整ってくる。ただ、あれだけ取り乱していたのなら、自分の役目はもう終わりだ――そんな風に思っていると、落ち着きを取り戻したゴルドヴァッサーの、上からこちらを嘲笑するような笑い声が聞こえてくる。


「くくっ……はぁ、はぁ……ふふ、成程、その神器は何やら精神体に干渉する力があるんだね? てっきり、ただの高威力のドリルなのかと思っていたよ。

 だが、もう油断はしない! この距離にいれば、二人とも手出しはできないだろう……君たちの悪あがきもここまでさ!」

「……ふむ。それが帝国大元帥殿の正体か。成程、ヴェクトラ・ノクス星人だったのだな」


 背後から、この場にいなかったはずの者の声が聞こえる。パントエールもゴルドヴァッサーも、新たな来訪者の方へと視線を向けているようだ――そしてややあってから、背の高い男が自分の横に立ち、不敵な笑みを浮かべながら天井にぶら下がる男の方を見上げた。


「本来はこんなに我を出す種族ではなかったはずだが……変なエゴが出てきたのは、今生の人格が影響したのだろうな」

「な、何だ貴様は!? お前のような奴は、取り込んだ覚えはないぞ!?」

「それはそうだろう。勝手にお邪魔しているのだから」


 そこで男は言葉を切り、浅黒く整った顔で、まだ身体を再生中で跪いている自分の方を見下してくる。


「ビックリするほど早かったな。正直、五日くらいは掛かると思っていたのだが」

「あのなぁ。そんなにかかってちゃ、現実世界の方で制圧されるだろうがよ」

「はは、あの女だったら五日間でも十日間でも君を守り抜くだろうさ……しかし、まさか娘も無事とは」

「あぁ。パントエールのおかげで一気に片づけることができた」

「ふむぅ……君、最近ちょっと腑抜けているんじゃないかね? 女性を矢面に立たせて良いところを持っていくとは、感心せんな」

「あのなぁ……アザレアとフィオナについては、お前が連れて行けって言ったんだろうが」

「……僕を無視するんじゃない!」


 一同の視線が天井へと集まる。ゴルドヴァッサーは大声を上げたせいで肩を震わせており、腕の一本を天井から離し、新たに現れたシュライクを指さしながら憤怒の形相を浮かべている。


「この世界の主は僕だぞ!? どこのどいつだか知らないが、この世界の主役を無視して話を進めるんじゃあない!」

「あぁ、すまんすまん。みみっちくも端っこの方にいるので、どこぞの雑魚かと思っていたよ。それとも、夢見の世界の王というのは、そんな壁際でビビって縮こまっているものなのかね?」

「ぐぬぬ……貴様、酷い目にあわせてやる!」


 ゴルドヴァッサーは天井にぶら下がったまま、シュライクを指さしていた腕を振り下ろしてくる。本来なら届く距離ではないはずだが、そこは夢の空間、腕が遥かに伸びだし――それどころか、他にも複数の腕を背面から生やし、それらを鋭い槍のようにして突き伸ばしてくる。


 そしてそれらは一斉に伊達男に向かっていく。が、それらのほとんど全ては男の身体を貫通して地面に刺さり、最初に振り下ろした本物の腕だけが、袖から伸びるシュライクの手によってガッチリと握られて制止された。


「……何!?」

「僭越ながら……物質世界では力を失っているが、非物質世界においてはその限りではない。精神同士での戦いにおいて、貴様らが我らに挑むことの無謀さというものを、その魂に刻んでやろう」

「その言い方……まさか貴様は!?」


 ゴルドヴァッサーが何かを言い切る前に、今度はシュライクの影が一気に伸びだし、それが屹立する巨大な分身となる。その姿は今のシュライクの姿をそのまま映しているわけではない。背後には三対計六枚の羽があり、頭には一対の巨大な角が生えている。その禍々しいシルエットは、まさしく魔神そのものといったところだろう。


 そしてその影の左手がゴルドヴァッサーの伸びきっている腕を掴み、天井に張り付いている身体を一気に地面へと引きずり降ろす。そしてそのまま影の右腕が機械人の身体をむんずと掴み取り、そのまま空中へと持ち上げる。


 ゴルドヴァッサーはもがいているが、まったく動けなくなっているようだ。凄まじい力で押さえつけられているというよりは――そもそもこの世界で物理的な力など無意味だ――生物としての格の違いから、抗うことができなくなっているようだ。


 そして、シュライクの本体が――先ほど攻撃された箇所は傷一つどころか、埃一つついていない――歩き出し、その影が金属の身体を握りつぶそうと力を込め始めると、ゴルドヴァッサーは必死の形相で何かを早口でまくし立て始める。

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