2-76:ブレイク・ザ・ドリーム 下
「動けなくなったね……ほら、とどめだ!」
「……はぁっ!」
余裕に満ちた男の声と空を裂く鞭の音が、凛とした女の声にかき消される。パントエールが細剣で――本物というわけではないはずだが、彼女の心の中で具現化されているのだろう――襲い掛かってくる腕を見事な剣捌きではじき返してくれたおかげで、なんとかこれ以上の無様を晒さずに済んだ。
彼女がゴルドヴァッサーの攻撃をいなしてくれている間に、失ったはずの左半身と右足に意識を集中させる。傷口から煙が上がったかと思うと、脳髄に痛みが走り――再生するイメージをするため精神を摩耗する――そして煙の奥から、あたかも前からそこにあったかのように、腕と足とが現れた。
「ハードロック、私に何かできることはない?」
「いや、無茶はしないでくれ。アイツのことは、俺に……」
「今、貴方を救ったのは紛れもなく私だと思うけれど? それに、今までのように無茶はしないと約束するわ……貴方も周りを頼るべきよ」
そういうパントエールの様子は、今までのものとはだいぶ違った印象を受ける。これまでの彼女は焦りと不安とが見え、どうにも頼りにくい雰囲気があったのだが、今の彼女はどこか落ち着いており――というより、何か覚悟が決まったように見える。
今の彼女になら、素直に背中を任せることができる、そんな直感があった。
「それなら、俺がアイツの懐に潜り込むだけの隙を作ってくれ」
「了解よ。必ず、私が貴方の往く道を切り開いてみせるわ」
パントエールは力強く頷いた後、風のごとき速度で前方へと跳んだ。その動きには、迷いも躊躇もない――降り注ぐ驟雨の如き攻撃を的確に剣で捌き返し、豪風の中を果敢に突き進んでいく。
「女! 邪魔をするな!」
ゴルドヴァッサーの攻撃は、パントエール相手だからといって容赦はない。奴の目的を達成するためには、彼女を生かして帝国へ連れて行かなければならないはずではある。しかし、肉体さえ生きていれば良く、心など殺してしまって問題ないという判断か。
対するパントエールは相手の言うことなど聞きもせず、勇猛果敢に突き進んでいく。彼女の持つ剣は夢の中に具現化している神器としてではなく、あたかも彼女の決意の強さそのものであるかのように、荒れ狂う鞭の暴風をいなしながら、怯むことなく前へと進んでいる。
そして、敵の攻撃の間合いの半分ほどまで内側に入った瞬間だった。青く鋭い刃閃が幾重にも走ったかと思うと、四本ある腕の内の二本が、肘の関節部分から両断されて吹き飛んでいった。
原理としては、如何に金属の体を持っている種族といえど、関節部分は柔らかいといったところか――いや、本来なら夢見の主に攻撃など効かないはず。そうなると、むしろパントエールの気迫が男を押したのだ。
見れば、ゴルドヴァッサーの顔が僅かに歪んでいる。あれだけの攻撃の中をものともせずに突き進んだ、侮っていたはずの女が見せた気迫に、夢見の主は恐怖と焦りを覚えたのだ。
「くっ……この女の気迫は何だ!? 先ほどとは別人のようじゃないか!」
「そうね……誰かさんのお陰で、覚悟が決まったから、かしらね?」
そして、パントエールが一瞬だけこちらへと振り返る。その眼は「言われたとおりに隙は作った」と――もちろん、この隙を逃がすほど、自分も甘くないつもりだ。いつものように剣を握り、よろめきを隠せていないゴルドヴァッサーのもとへ全力で突撃する。
視界の端で機械人の腕が急速に再生をしているのが目に入るが、それよりもこちらが相手の懐に入るのが速い。残りの二本の腕も大きく広げている状態であり、これならアイツに一撃くれてやることもできる。
雄たけびをあげながら相手の懐に潜り込み、そして全力で刺突を放とうとした瞬間、右肩に重い衝撃と痛みが走る。視界には入らないので予測でしかないが――隠し腕なのか、はたまた夢の世界の力で無理やり生やした腕なのか――そのどちらかで、こちらの右肩を深々と抉ったのだろう。
剣を持つ右腕がまともに動かなくなってしまえば、刺突としての威力を出すことはできないが――別に、威力を出す必要などはない。既に右手が相手の胸に届く位置になっているのだから。
「あはっ! 勝ったぞハルト君!」
「……いいや、お前の負けだよ」
「……なんだと?」
動け、そう念じると、右腕が動き出し、刃の切っ先が男の胸に触れる。そしてそのまま、断章ノモラスが回転を始め、機械人の胸を抉りだす。
「ど、どうして!? 右肩を抉ったんだぞ!?」
金属と切っ先がかち合って火花を散らす向こう側で、ゴルドヴァッサーは驚愕の声を上げる。理由は単純、この世界での体験は全て幻覚であり、それを理解さえしていれば、身体を動かすことは――それこそ腕が切り落とされていたら難しかっただろうが――強い意志さえ持てば可能だからである。
そして切っ先が深々と突き刺さる直前に、男の膝がこちらの腹へと刺さって後ろへ吹き飛ばされてしまう。その威力は、現実世界なら即死級だったに違いない。
凄まじい力で吹き飛ばされてしまい、再び距離を離されてしまうが、確かにある程度、相手の魂を傷つけた手ごたえはあった。横からパントエールの「大丈夫!?」という声を聴きながら意識が途切れないように踏ん張り、なんとか身体を再生させようと努めつつ、無様に倒れたままの状態から上半身だけ起き上がる。
すると、その先ではゴルドヴァッサーが、断章ノモラスによって刺し穿たれた箇所からどす黒い液体を流しながら身もだえているのが見えた。




