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2-69:夢見の深淵 下

 その声の内容を自分より先に聞き取ったのは、パントエールだった。彼女は「バルトン!?」と名を呼んで、まっすぐに走り出した。一応、進行方向は合っていたということにはなるのだろうが、何の考えもなしに突撃するのもいかがなものだろうか――しかし、もしバルトンがここにいるとするのなら、彼女としてはその真相が気になることだろう。


 ともかく、パントエールを一人にしては危険だ。そう考え、彼女の背中を追って走り出す。すると、遠くから、確かに何者かが会話している声が聞こえ始める。確かに片方はバルトンのもので、もう片方は初めて聞く声である。


「……話が違うではないか!」

「話が違うはこちらのセリフだよ」

「こうなれば、力づくで言うことを聞かせてくれる!」

「やめておきなよ。老い先短いご老体が、無茶をすることも……」


 何者かの声は、老人の気迫のこもった声でかき消された。だが、それもすぐに途切れ、同時に鈍い打撃音のようなものが響き――直後、正面から人間大の何かがこちらへと吹き飛ばされてきて、金属の樹木へとぶち当たり、そのまま地面へと落下した。


「バルトン!?」

「こ、コンスタンツ様……申し訳ございません、貴女の身の安全だけでも、確保しようと思っていたのですが……」


 バルトンに駆け寄るパントエールをよそに、自分は老人が吹き飛ばされてきた方へと歩みを進める。その場所は少し拓けた場所だった。無機物の樹木が円形に切り取られつつ、中央よりも後ろには立派な邸宅が――完全なる異界に見知った感じの人工物があるのは違和感があるが――そびえ立っている。


 そして、そんな邸宅の手前に、バルトンと話していたであろう者が立っていた。その様相はやはり有機生命体とは思えないほど無機質で、その体表だけ見れば機械のような印象を受ける。背の高さは二メートル超え、二足歩行をしているようであるが、腕は左右にそれぞれ二本ずつ、計四本ある。


 その腕が異様に長い点も特徴だろう。それぞれ一メートルずつくらいある。手足を広げている状態では、その全長は三メートルほどにも見える――恐らく、あの長い腕で薙ぎ払われ、バルトンは吹っ飛ばされてしまったのだろう。


「来たね……まさか、君が夢見の世界の中に乱入してくるとは意外だったよ、ハルト君」


 その声は、先ほど生身の身体から聞いたものともまた少し違う、恐らく前世本来の声なのだろう。エルヴィン・ゴルドヴァッサーはこちらに少しかしこまった様子で首を縦に振り、今度は老人と少女がいる方へ、片腕に七本もある指の中、その真ん中の一本で指した。


「まったく、騙されたよ。まさか娘が、偽物の王女だったとはね……そちらの老人に一杯食わされたわけだ」


 状況から察するに、バルトンがわざわざ事実をゴルドヴァッサーに伝えたというわけでもあるまい。恐らく、ゴルドヴァッサーの奴がパントエールの夢を覗き見て、真実を知ったのだろう。その事実確認のため、ついでに捕らえたバルトンの魂を招集していたとか、そんなところだろうか。


 そうなると、パントエールの正体が知られる前に先んじて倒してしまおうという算段は失敗したわけだが、結局やるべきことは変わらない。腰から剣を抜き出し、無機生命体に向かって切っ先を向ける。


「それで? 真実を知ってどうするつもりだ?」

「どうもこうもしないよ。予定通りに、皇帝陛下に献上するだけさ……ただし、正当なる血統がないと皇帝に知られれば、何かと都合が悪いのでね。そちらの娘には永久に僕の操り人形として生きていってもらおうと思っているだけさ。

 しかしハルト君もしつこいね。こんなところにまで追いかけて来るとは。その娘のことがそんなに大切なのかな?」

「どうでもいいとまでは言わないが、パントエールのことはついでだ……俺はな、お前をぶっ殺しに来たんだよ」

「まさか、肉体を殺して、魂まで殺しに来るとは。随分と僕に執心してくれているようで嬉しいよ……どうだい、折角来たんだ。少し話していかないかい?」

「……おぉおお!」


 床とも地面ともつかない足場を蹴って、ゴルドヴァッサーへ向かって突撃する。シュライク曰く、この世界ではノモラスを以てしてもアイツを倒すことは難しいらしいが、弱らせるには結局これでどうにかするしかない。


「乱暴だねぇ……でも、無駄だよ!」


 ゴルドヴァッサーが腕を振り上げると、急に左足が動かなくなる。そのままの勢いですっこけると、無様に身体の前面を地面に打ち付けてしまう。確かに身体に痛みは感じるが、これも幻覚だ――何が起こったのかを確認するために上半身を起こす。


 ゴルドヴァッサーの背後、いや四方八方に銃口があり、そこから放たれた何かで左の膝下が吹っ飛ばされたようだ。実弾というよりは熱線のようなものか、傷口は焦げて黒くなっていた。

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