2-68:夢見の深淵 上
仮面の老婆が言っていた道は確かにあった。村の一角に無数に立ち並ぶ墓があり、その中でももっとも立派な墓石には――墓石というよりモニュメントという感じだ――地下へと続く階段が存在した。
地下にはまた墓が続いており、薄暗く細長い通路の左右には棺が敷き詰められている。それこそ辺りからアンデッドでも襲ってきそうな雰囲気ではあるが、ひたすらに長い地下墓地が続くだけである。
しかし、静かである方が、かえって神経的にはくるものがある――二人分の靴音以外にも何かの気配が感じられるような、そんな雰囲気があるからだ。
普通の神経なら参ってしまいそうとすら思うが、パントエールはとくに泣き言一つ言わずに付いて来てくれている。ただ、この尋常ではない雰囲気に呑まれているのか、辺りを見回しており――とくに背後に何か付いて来ていないかが気になるらしく、しきりに後ろを振り返っている。
数分も歩くと、地下から抜ける上り階段が現れた。そして地下墓地を抜けて外へと出ると、また鬱蒼とした森の中であった。
ただ、果たしてこれを森と表現していいものだろうか――辺りに生い茂る草木は見たことがない。それらは、木というよりは黒光りするグロテスクなオブジェのようだった。少し近づいてよく観察してみると、樹木らしきものは炭素などの有機物ではなく、金属のような無機物でできているようである。
「何なの、この光景は……」
「何となくだが、予測はつく」
「……どういうこと?」
「俺たち鎖の魔術師は、それこそ色々な世界から引き寄せられてくる……本来は文字情報以外の記憶はほとんど継承されないんだが、稀に強く引き継ぐものや、後発的に記憶を思い出す奴もいるんだ」
「要するに、ここはゴルドヴァッサーの前世の世界ってこと?」
「多分な。俺たちにとっては不気味そのものであっても、アイツにとっては理想的な環境なんだろうさ」
もしかすれば、本来ならここは自分たちは存在できない場所なのかもしれない。一般的には生物が生まれるためには水や酸素、炭素などの要素が必要と考えられる。しかし、この惑星ではその限りではなかった可能性もある。
ゴルドヴァッサーの生まれ故郷には、酸素が存在しないような、そんな世界だったのかもしれない。その証拠とでもいうべきか、空は青ではなく、赤くくすんでいるように見える――恐らくこれは、酸素以外の大気が豊富であるせいなのだろう。
ただ、ここは夢見の世界なので、精神体としての自分たちも存在を許されていると、そんなところだろうか。
そしてそのまま、二人で異界の森の中を歩き始める。道という道はないのだが、それでもなんとなく舗装されているような、正確に言えば一番歩きやすそうな筋をなぞって前進していく。足を踏みしめるたびに靴の裏からしゃりしゃりとした嫌な感覚が返ってくるが、これも一種の幻覚のようなものと割り切って進むことにする。
しかし進めども進めども辺りの景色の様相は変わらない。それどころか、同じところをループしているかのような錯覚に陥ってくる。
馴染みのない景色をずっと見続けているせいなのか、はたまたこの異界に満ちる異様な空気と光のせいなのか、方向感覚が狂わされているのかもしれない。もしくは、この領域に踏み込んだことでゴルドヴァッサーにバレて、幻覚でも見せられている可能性もある。
グロテスクな光景と異様な音に晒されている状況で気が滅入って来るのだが、自分以上に異界の空気に慣れていないパントエールの方が堪えているのだろう、先ほどの地下墓地でも音を上げなかった彼女が、「本当にこっちでいいの?」と眉をひそめながら声を上げた。
「そんなことは知らん。まぁ、そのうち着くんじゃないか?」
「あのねぇ……私は、さっきの仮面の老婆の言っていたことを疑ってるんだけど」
「もしアイツが俺たちに敵愾心を見せているんだったら、こんなまだるっこしいことはしなくてもいいはずだ。まぁ、イグノートゥスだったら俺たちが苦しんでいるのを見て楽しんでいる可能性はなくもないが……と、何か聞こえないか?」
「さっきから、ガラスを爪でひっかくような音はずっと聞こえてるけど……」
「そうじゃない、声が……」
パントエールに黙るように口元に人差し指を立てるジェスチャーを取り、辺りの音に集中する。異界の異音が聞こえるばかりでまた気が滅入りそうになるが、確かに誰かが会話をしているのが聞こえた気がするのだ。




